発表者
東京大学大学院農学生命科学研究科
    徳田 遼佑(日本学術振興会特別研究員:研究当時)
    岩渕 望(特任研究員)
    前島 健作(准教授)

発表のポイント

  • 植物の花を葉に変えるファイトプラズマの葉化誘導遺伝子「ファイロジェン」がトランスポゾンによりファイトプラズマ間で水平移動していることを明らかにしました。
  • 病原性遺伝子を互いにシェアするファイトプラズマのダイナミックな進化の仕組みが初めて明らかになりました。
  • ファイロジェンや他の病原性遺伝子の起源や役割が解明され、ファイトプラズマ病の治療や予防技術の確立につながることが期待されます。

発表内容

図1:ファイトプラズマはどのようにしてファイロジェン(葉化症状を引き起こす病原性遺伝子)を獲得したのだろう?
異なる種や系統のファイトプラズマが共通して葉化病を引き起こすのは、同じ病原性遺伝子ファイロジェンを持つためです。しかし、どのようにファイロジェンを獲得したのかはこれまで謎でした。
(左上) Phytoplasma aurantifolia によるアスターの葉化
(右上) P. japonicum によるアジサイの葉化
(左下) P. asteris PaWB系統によるキリの葉化
(右下) P. asteris OY系統によるダイコンの葉化
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図2:ファイロジェン周辺のトランスポゾン様遺伝子の比較
 ファイロジェン遺伝子(黒色の遺伝子)の周辺のトランスポゾン(縞模様の遺伝子)のシンテニー(遺伝子の種類と並び順)を調べたところ、
・トランスポゾンが2つのタイプ(Type 1および2)に分けられること
・トランスポゾンのタイプはファイロジェン遺伝子のグループ分けと一致すること
が明らかになりました。つまり、ファイロジェン遺伝子の水平移動にトランスポゾンが関わっていたことの明確な証拠が得られました。
(同じ色の遺伝子は相同な遺伝子であることを示しています。橙色または水色の背景は、ファイトプラズマ間で相同な領域であることを示しています。)
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図3:トランスポゾンによりファイロジェン遺伝子がシェアされる仕組み
 ①トランスポゾンとともにファイロジェン遺伝子がファイトプラズマのゲノム上に組み込まれ、病原性が獲得される
②時間の経過とともに、ファイロジェン以外のトランスポゾン上の遺伝子(ファイトプラズマにとって重要ではない)に変異が蓄積する
③最終的にトランスポゾンは消失し、ファイロジェン遺伝子のみが残ることで、ゲノム中に固定される

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〈研究成果概要〉

 東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻の徳田遼佑特別研究員(日本学術振興会特別研究員:研究当時)と前島健作准教授らの研究グループは、花を葉に変える植物病原細菌ファイトプラズマの病原性遺伝子が、ファイトプラズマに特有のトランスポゾンによって、ファイトプラズマ間で水平移動していることを明らかにしました。

〈研究の背景〉

 ファイトプラズマ (注1) は植物の篩部に寄生する細菌で、1967年に東京大学農学部の植物病理学研究室において発見されました。植物に形態変化をともなう症状を引き起こし、中でも花を葉に変化させる病気「葉化病」が特徴的です (図1)。葉化病は世界中で広範な植物において報告され、生殖器官の形態異常による不稔を引き起こすため農業上重要な植物病の1つでもあります。同研究室では、これまで葉化病の発生メカニズム解明のため、葉化誘導遺伝子「ファイロジェン」(注2) の機能の解析を進めてきました。ファイロジェン遺伝子は異なる種や系統のファイトプラズマから見出される一方で、ファイトプラズマとは独立に進化していることが示されていました。その原因の1つとして、遺伝子の水平移動 (注3) が挙げられていましたが、その原動力となる分子メカニズムは明らかになっていませんでした。

〈研究内容〉

 今回、本研究グループは、ファイロジェン遺伝子の周辺ゲノム構造に着目し、6種17系統のファイトプラズマで比較解析しました。その結果、ファイロジェン遺伝子の周辺にはトランスポゾン (注4) に特徴的な遺伝子群が保存されていることが明らかになりました。これらの遺伝子群はファイロジェン遺伝子と一緒に進化しており (図2)、ファイトプラズマとは異なる進化を経ていました。また、ファイロジェンを載せたトランスポゾンのゲノム上の位置は、同じ種のファイトプラズマ同士であっても全く異なることが明らかになりました。これらの発見は、ファイロジェン遺伝子がトランスポゾンによって頻繁に水平移動することで、葉化病を引き起こす能力が多様なファイトプラズマでシェアされてきたことを示しています。
 加えて、トランスポゾン遺伝子群の配列には変異が蓄積し、その多くが転移活性を失っていることが明らかになりました。その一方で、ファイロジェン遺伝子の配列や葉化を引き起こす活性は高度に保存されていました。本研究グループは、ファイロジェン遺伝子の周辺にトランスポゾン様配列が見出されない事例もいくつか見出していて、これらの結果から、ファイロジェン遺伝子がトランスポゾンにより水平移動して時間が経過すると、ファイロジェン遺伝子のみが残り、ファイトプラズマゲノム上に固定される、と仮説を立てています (図3)。また、ファイロジェン遺伝子がファイトプラズマの生存に重要な働きを担っていることも強く示唆されます。

〈今後の展望〉

 本研究は、ファイトプラズマの病原性遺伝子が多様なファイトプラズマの間で拡散しシェアされる仕組みを解明した初めての事例になります。ファイロジェン遺伝子に加えて、天狗巣症状や叢生症状を引き起こす病原性遺伝子の周辺にもトランスポゾン様の遺伝子が存在することが明らかになっています。今後は、ファイトプラズマのゲノム情報がさらに蓄積され病原性遺伝子の周辺配列の比較が進むことで、これら病原性遺伝子の起源やファイトプラズマ病における重要性が解明され、新たな治療技術や予防技術の確立につながることが期待されます。

〈関連のプレスリリース〉

・植物病原体が花を葉に変えるメカニズムを解明 【2011年9月12日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2011/20110912-1.html
・「花」を「葉」に変える病気の謎を解く ―原因遺伝子の発見と発症メカニズムの解明― 【2014年3月18日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2014/20140318-3.html
・1つの病原性因子があらゆる植物種の花形成因子を分解する ―葉化病発症メカニズムは植物に共通であることを解明― 【2017年5月16日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2017/20170516-1.html
・葉化病発症の仕組みを構造化学的に解明 ―葉化病治療薬開発や新品種開発に新たな道― 【2019年4月19日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20190419-1.html
・葉化病の病原タンパク質「ファイロジェン」の機能は1アミノ酸の変異で制御される ―水平移動による進化と病原性の変異メカニズムを解明― 【2020年8月19日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200819-2.html
・タンパク質の新たな分解システム―ファイロジェンによる葉化誘導メカニズム解明で発見! 【2022年3月2日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220302-1.html
・プロテインノックダウン技術の確立に一歩近づく ――花を葉化する細菌タンパク質「ファイロジェン」の 花形成タンパク質認識機構を解明―― 【2023年3月30日】
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20230330-1.html

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Genetics(オンライン版:5月11日)
論文タイトル
Potential mobile units drive the horizontal transfer of phytoplasma effector phyllogen genes
著者
Ryosuke Tokuda · Nozomu Iwabuchi · Yugo Kitazawa · Takamichi Nijo · Masato Suzuki · Kensaku Maejima* · Kenro Oshima · Shigetou Namba · Yasuyuki Yamaji(*は責任著者)
DOI番号
10.3389/fgene.2023.1132432
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fgene.2023.1132432/abstract

研究助成

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (課題番号:19K15840、20H02991 、20J23168 、20K22562 、20KK0132 、21H04722 、21K14847 、21K14853 、21K19239) の支援により実施されました。

用語解説

  • 注1  ファイトプラズマ
      1967年にマイコプラズマ様微生物 (mycoplasma-like organism, MLO) として東京大学植物病理学研究室で発見され、2004年に全ゲノムが解読された、ファイトプラズマ属 (モリキューテス綱) に分類される植物病原細菌。1,000種以上の植物に感染し、世界中の農業生産に被害をもたらしている重要な植物病原細菌です。植物の篩部に寄生し、ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと媒介されます。植物に萎縮病、天狗巣病、葉化病 (花の葉化・緑化・突き抜け) などの特徴的な病気を引き起こし、植物を枯らしてしまいます。ファイトプラズマ病は身近にも頻繁に認められます。葉化病によって緑色の花が咲くアジサイは、以前は商品価値が認められ品種として流通していましたが、現在は各地で病気として問題となっています。また、クリスマスシーズンの風物詩である鉢植えのポインセチアは、全て背丈を小さくするためにファイトプラズマに人工的に感染させられ、天狗巣病を発病したものです (健全なポインセチアは人の背丈よりも大きくなります)。
    <ファイトプラズマが引き起こす主な症状>
    萎縮: 茎や葉の生長が害され、著しく矮化する症状
    天狗巣: 側芽が異常に発生し、小さな枝葉が密生する症状
    花の葉化: 花びらやがく・雌しべ・雄しべが葉に置き換わる症状
  • 注2  葉化誘導因子 ファイロジェン
      phyllo- (葉) + -gen (を生ずるもの=gene[遺伝子])。葉化病 (phyllody: phyllo-[葉] + -ody[になる変化]) の原因である遺伝子ファミリーphyllody-inducing gene family (葉化誘導遺伝子ファミリー) の略。ファイロジェンは植物に普遍的な花形成因子 (MADS転写因子) を標的とすることで、あらゆる植物に葉化病を引き起こすことができると考えられています。
  • 注3  遺伝子の水平移動
      生物は、生息域が同じ生物や環境中から遺伝子を自身のゲノムに取り込む場合があります。このようにして、個体間や他の生物間で生じる遺伝子のやりとりを「遺伝子の水平移動」と呼びます。毒素を産生する病原菌の出現や、抗生物質が効かなくなる耐性菌の出現は、微生物間での遺伝子の水平移動が一因と考えられます。
  • 注4  トランスポゾン
     「動く遺伝子」と呼ばれ、ゲノム状の特定の場所から別の場所に移動することができます。細菌においては薬剤や重金属などの耐性遺伝子の水平移動が起きる要因の1つとして知られています。ファイトプラズマでは、PMU (potential mobile unit) と呼ばれるトランスポゾン様の配列の存在が以前から知られていましたが、遺伝子の水平移動への関与については十分な検証が行われていませんでした。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室
准教授 前島 健作 (まえじま けんさく)
Tel:03-5841-1613 Fax:03-5841-5090
E-mail:amaejima<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室ホームページ:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/planpath/
<アット>を@に変えてください。