発表のポイント

◆希少放線菌が形成する胞子嚢から胞子が放出される際、胞子嚢内部で胞子を包むマトリクス成分を分解する2つの多糖加水分解酵素GimAとGimBを発見しました。
◆胞子嚢マトリクスの主要な構成成分が、オリゴ糖を繰り返し単位とする多糖であることを示すとともに、胞子嚢マトリクス多糖の合成に関わる遺伝子クラスターを同定しました。
◆本研究は、希少放線菌の胞子嚢開裂の分子機構について、非常に重要な新知見を与えるものです。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科・醗酵学研究室の大西康夫教授・手塚武揚助教(現・微生物エコテクノロジー社会連携講座特任講師)の研究グループは、希少放線菌の形態分化について長年研究してきました(参考URL 1-4)。希少放線菌Actinoplanes missouriensis(アクチノプラネス・ミズーリエンシス)は100-200個程度の胞子を内包した胞子嚢を形成します。胞子嚢の表層は多層の膜状構造(胞子嚢膜)からなり、胞子嚢内部の胞子以外の部分は胞子嚢マトリクスと呼ばれる未知物質で満たされています。胞子嚢に水がかかると胞子が覚醒し、胞子嚢から放出されます。この過程を胞子嚢開裂と呼びます。放出された胞子は水中を高速で運動する遊走子となりますが、生育に適した環境に到達すると運動を停止し、発芽して菌糸生長を開始します。今回、胞子嚢開裂時に転写が活性化される遺伝子群の研究から、胞子嚢マトリクスの分解に関わる2つの遺伝子gimAとgimBが見出されました。この2つの遺伝子をともに欠失させた破壊株(gimA、gimB二重破壊株)では、胞子嚢開裂が誘導される条件において胞子嚢膜の分解は見られるものの、胞子嚢マトリクスの分解が進行せず胞子が放出されませんでした。これら2つの遺伝子がコードするタンパク質を大腸菌に生産させ、精製してどちらか一方または両方を加えたところ、gimA、gimB二重破壊株の胞子嚢から胞子が放出されました。GimAとGimBどちらか一方を加えた場合には、いずれも4-8糖程度のオリゴ糖が生成しましたが、両方を加えた場合には、4-8糖程度のオリゴ糖に加えて2-4糖程度のオリゴ糖が生成しました。一方、A. missouriensisのゲノム上、gimBの隣には7遺伝子からなる遺伝子クラスターがありますが、コードされるアミノ酸配列から、この遺伝子クラスターは、オリゴ糖の繰り返し単位からなる細胞外多糖の合成に関与していると推測されました。この7遺伝子のうちいずれか1つでも欠失した破壊株では、胞子嚢が正常に形成されませんでしたが、このうち1つの破壊株では、胞子嚢内部に胞子嚢マトリクスが生産されていないことが確認されました。以上の結果から、これまで未知であった希少放線菌の胞子嚢マトリクスの主要構成成分がオリゴ糖の繰り返し単位からなる多糖であること、胞子嚢開裂時には2つの多糖加水分解酵素が胞子から分泌され、これらが胞子嚢マトリクス多糖を繰り返し単位の異なった部位で分解することで胞子を放出させていることが明らかになりました。胞子嚢は原核生物では非常に珍しい多細胞の構造体であり、胞子嚢開裂は休眠細胞である胞子が覚醒する最初の段階です。胞子嚢開裂における重要な1ステップの分子機構を解明した本研究の成果は、細菌における多細胞構造の形成原理や細胞の休眠と覚醒の分子機構についても新たな知見を与えるものです。

参考URL:
・注目を集める希少放線菌の不思議に迫る研究(東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果 2017/06/08)https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2017/20170608-1.html
注目を集める希少放線菌の不思議に迫る研究:遊走子線毛の発見と機能解明(東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果 2019/07/10)https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20190710-1.html
細菌胞子の休眠と覚醒の制御に関する新たな知見:放線菌の胞子嚢胞子は完全には休眠していない?(東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果 2023/12/26)https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20231226-1.html
細菌べん毛の回転を停止させる新規タンパク質の発見(東京大学大学院農学生命科学研究科 研究成果 2024/11/05)https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20241105-1.html

発表内容

 一部の細菌は、休眠耐久状態の細胞である胞子を形成します。胞子は、増殖に適さない環境でも長期間にわたり生存が可能であることから、胞子形成は細菌における重要な生存戦略の1つです。そのため、胞子形成の分子機構について、これまで多くの研究がなされてきました。一方で、休眠状態にある胞子が外部環境の変化を感知して覚醒・発芽し、栄養増殖を開始する分子機構についてはあまり研究がなされておらず、不明な点が多く残されています。  希少放線菌Actinoplanes missouriensis(アクチノプラネス・ミズーリエンシス)は、菌糸細胞の伸長・分岐により増殖しますが、貧栄養な環境では100-200個程度の胞子を内包した胞子嚢(注1)を多数形成して休眠状態になります。胞子嚢は表層に3層の膜構造(胞子嚢膜)を有し、内部には、胞子に加えて胞子間の隙間を満たすマトリクス成分(胞子嚢マトリクス)がありますが、胞子嚢膜と胞子嚢マトリクスがどのような分子でできているかは、まだわかっていませんでした。胞子嚢は水がかかると胞子嚢膜が破れ、内部の胞子を放出します。この過程を胞子嚢開裂と呼んでいます(図1)。胞子嚢開裂の位相差顕微鏡観察やその他の実験により、胞子嚢開裂は以下のプロセスで起こると考えられています。(i) 胞子嚢膜の最外層の分解により内部の胞子が観察可能な状態に変化するとともに、胞子嚢は吸水して徐々に膨張し、胞子嚢膜の一部が破れるが、胞子嚢マトリクスにトラップされているため、胞子はまだ放出されない。(ii) 胞子嚢マトリクスが分解され胞子が水中に放出される、という2つのステップが順番に起こります(図2)。胞子嚢から外部に放出された胞子は遊走子(注2)となり、水中を高速で移動しますが、増殖に適した環境に到達すると運動を停止し、発芽して菌糸細胞の伸長を開始します。このように、希少放線菌A. missouriensisは細菌としては極めて複雑に進化した生活環を有しています。胞子嚢開裂は、休眠状態の胞子が覚醒する最初の段階と位置づけられます。

1. 希少放線菌A. missouriensisの生活環

基底菌糸の分岐・伸長により栄養増殖するが、栄養分が枯渇すると100-200個程度の胞子を内包した胞子嚢が多数形成される。水に浸されると胞子嚢膜が破れ、胞子が水中に放出される。胞子は水中を高速で運動する遊走子となる。遊走子は栄養分が豊富な環境にたどり着くと運動を停止して発芽し、再び栄養増殖を開始する。

2. 位相差顕微鏡で観察した胞子嚢開裂の過程

(写真左)25 mMヒスチジン水溶液に懸濁して胞子嚢開裂を誘導した直後の胞子嚢観察像。
(写真中央)懸濁後20分間経過後の観察像。
(写真右)懸濁後60分間経過後の観察像(放出された胞子)。

研究成果

 本研究では、希少放線菌A. missouriensisの胞子嚢開裂に着目し、その分子機構の解明を目指しました。胞子嚢開裂に関する以前の研究 (参考URL 3) の中で、胞子嚢形成と胞子嚢開裂の過程で起こる転写変動をトランスクリプトーム解析で調べましたが、本研究では、このうち胞子嚢開裂の誘導時特異的に転写産物量が増加する2つの遺伝子gimAとgimBに注目しました。これら2つの遺伝子はいずれも糖鎖加水分解酵素をコードしていると予測され、そのアミノ酸配列もよく似ていました(アミノ酸配列の一致度62%)。同じ希少放線菌に関する以前の研究で、転写制御因子TcrAが胞子嚢形成、胞子嚢開裂、遊走子のべん毛・線毛合成に関わる多数の遺伝子を時期特異的に転写活性化することを示しました(参考URL 2)。gimAとgimBの転写開始点を決定したところ、どちらも転写開始点の上流にTcrAの結合配列があり、実際に、in vitro実験でTcrAがgimAとgimBの上流領域に結合しました。また、tcrA遺伝子の破壊株では、野生株と比較してgimAとgimBの転写量が有意に低下していたことから、gimAとgimBはともにTcrAによって胞子嚢開裂時に転写活性化されることが判明しました。  次に、gimAとgimBを欠失させた破壊株をそれぞれ作製し、野生株と表現型を比較したところ、特に差異は見られませんでした。そこで、gimAとgimBを両方とも欠失させた二重破壊株(gimA、gimB二重破壊株)を作製して野生株と比較したところ、gimA、gimB二重破壊株の胞子嚢では、胞子嚢開裂の誘導条件において胞子嚢膜の分解は観察されたものの、胞子は胞子嚢マトリクスにトラップされたままで、水中に放出されませんでした。このことから、GimAとGimBが胞子嚢マトリクスの分解に関与すること、GimAとGimBのいずれか一方があれば胞子嚢マトリクスの分解が進行することが明らかになりました。  大腸菌にGimAとGimBの組換えタンパク質を生産させ、精製しました。胞子嚢開裂の誘導条件においたgimA、gimB二重破壊株の胞子嚢懸濁液に、この組換えタンパク質を添加したところ、GimAとGimBのどちらか一方を加えることで、胞子が水中に迅速に放出されました。また、別の糖鎖加水分解酵素に関する先行研究の結果を参照することで、GimAによる基質多糖の加水分解反応に必須と予想される2つのグルタミン酸残基(Glu_174、Glu_261)を特定しました。これら2つのアミノ酸をともにグルタミンに置換した変異型のGimAタンパク質を大腸菌に生産させ、精製した後、gimA、gimB二重破壊株の胞子嚢懸濁液に添加したところ、胞子の放出は見られませんでした。これにより、GimAの多糖加水分解活性が胞子の放出に必須であることが示されました。  GimAまたはGimBの精製タンパク質をgimA、gimB二重破壊株の胞子嚢懸濁液に添加して胞子を放出させた後、懸濁液上清に生成するオリゴ糖を分析したところ、GimAとGimBいずれを添加した場合も、ほぼ同じ長さ(4-8糖程度)のオリゴ等が検出されました。このことから、胞子嚢マトリクスを構成する多糖は、このオリゴ糖が繰り返し単位となって重合した多糖であることが強く示唆されました。さらに、GimAとGimB両方を添加して胞子を放出させたgimA、gimB二重破壊株の胞子嚢懸濁液の上清からは、上記4-8糖程度のオリゴ等に加えて、より短いオリゴ糖(2-4糖程度)が新たに検出されました。このことから、GimAとGimBは基質特異性が互いに異なり、胞子嚢マトリクスを構成する多糖の繰り返し単位の異なるグリコシド結合を加水分解することが示唆されました。  胞子嚢マトリクスの主要構成成分が多糖であることが判明したため、この多糖の合成を担う遺伝子として、gimBの遺伝子座に隣接する7つの遺伝子からなる遺伝子クラスター(imp gene cluster)に注目しました。このimp gene clusterは糖転移酵素をコードする4つの遺伝子と、膜タンパク質をコードする3つの遺伝子で構成されています。これら7つの遺伝子をそれぞれ単独で欠失させた破壊株、および7つの遺伝子をすべて欠失させた破壊株を作製して表現型を観察したところ、いずれの破壊株でも胞子嚢形成に異常が観察されました。また、膜タンパク質をコードする遺伝子の1つ(impD)を欠失させた破壊株の胞子嚢内部を透過型電子顕微鏡(注3)で観察したところ、胞子嚢マトリクスが合成されていないことが判明しました。以上の実験結果より、imp gene clusterが胞子嚢マトリクス多糖の合成に必要であることが示されました。細菌では、細胞外多糖の合成経路としてWzx/Wzy経路が知られています。Wzx/Wzy経路では、糖転移酵素の作用により、細胞質で細胞膜脂質にオリゴ糖が付加され、これがWzxと呼ばれる膜タンパク質によって細胞外へと細胞膜上を反転します。さらに、Wzyと呼ばれる膜タンパク質の作用により、細胞の表層でオリゴ糖の重合が起こることが知られています。imp gene cluster中にコードされる膜タンパク質の1つImpCは、Wzxとして機能しうるドメインを有していることから、希少放線菌A. missouriensisもこのWzx/Wzy経路により胞子嚢マトリクス多糖を合成している可能性が高いと予想されます。

社会的意義

 本研究で発見された2つの酵素GimAとGimBは、希少放線菌の休眠細胞である胞子が覚醒する過程で鍵となる役割を担っています。また、この発見を糸口として、これまで未知であった胞子嚢を構成する分子や胞子嚢の形成機構について新たな知見が得られました。希少放線菌が形成する胞子嚢は、原核生物では非常に珍しい多細胞からなる構造体であり、本研究は、胞子嚢構成成分の分子実体や形成機構、進化的な起源を解明する糸口になることが期待されます。本研究では胞子嚢マトリクス多糖の構成糖や構造を決めることはできませんでしたが、これまでに知られていない構造をもっていると予想されます。また、GimAおよびGimBは、この新規な多糖を分解するユニークな基質特異性をもった酵素であると考えられます。新規多糖とそれだけを分解できる酵素には、産業利用の可能性が秘められており、そのためには、胞子嚢マトリクス多糖を大量に異種生産する系の構築が望まれます。

用語解説

注1 胞子嚢
内部に胞子を含む袋状の構造物。希少放線菌A. missouriensisでは、乾燥した固体培養条件で栄養源が枯渇すると、1つの袋状の構造に100-200個程度の胞子を内包する胞子嚢が多数形成される。

注2 遊走子
べん毛の回転により運動する細胞。希少放線菌A. missouriensisでは、胞子嚢から放出された胞子がべん毛により水中を高速で運動する。この遊走子は走化性を示し、増殖に適した環境では運動を停止して発芽し、菌糸生長が始まる。

注3 透過型電子顕微鏡
電子顕微鏡の1種。試料を透過した電子線の強度から、試料の電子線透過率を観察する。本研究では、胞子嚢を含む試料の超薄切片を作製し、胞子嚢の表層や内部構造を観察した。

発表者

光山 京太 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程(当時)
胡 仕軒 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士研究員(当時)
砂川 直輝 東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 講師
五十嵐 圭日子 東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授
手塚 武揚 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教(当時、現・応用生命工学専攻 特任講師)
大西 康夫 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授

発表雑誌

雑誌: mBio
題名: Two glycoside hydrolases decompose the sporangium matrix to release spores during sporangium dehiscence in Actinoplanes missouriensis
著者: Kyota Mitsuyama, Shixuan Hu, Naoki Sunagawa, Kiyohiko Igarashi, Takeaki Tezuka *, and Yasuo Ohnishi*(*共同責任著者)
DOI:  https://doi.org/10.1128/mbio.02682-25
URL:  https://journals.asm.org/doi/10.1128/mbio.02682-25

研究助成

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号: JP26252010、JP24H00500、JP18H02122、JP17K07711、JP20K05781、JP23K04985)、A3 Foresight Program、文部科学省新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号: JP19H05685)、長瀬科学技術振興財団の支援を受けて行われました。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
醗酵学研究室 教授 大西 康夫(おおにし やすお)
Tel: 03-5841-5123 Fax: 03-5841-8021
E-mail: ayasuo[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
[アット]を@に変えてください。
醗酵学研究室HP: https://www.hakko.bt.a.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
微生物エコテクノロジー社会連携講座 特任講師 手塚 武揚(てづか たけあき)
Tel: 03-5841-1123
E-mail: atezuka[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
[アット]を@に変えてください。

関連教員

砂川 直輝
五十嵐 圭日子
手塚 武揚
大西 康夫