発表のポイント

◆プロポリスはミツバチが作り出す樹脂状物質で、ハチの種類と植生により異なるものの、多彩な生理活性を持つことが知られています。
◆フィリピン大学との国際共同研究プロジェクトとして、フィリピン固有種のハリナシバチ(Tetragonula biroi Friese)の産生するプロポリスについて、疾患モデルマウスを用いて抗癌剤治療の副作用である脱毛症に対する効果を検証しました。
◆プロポリスには、抗癌剤による脱毛症を改善する効果があることが明らかになり、副作用軽減への利用が期待されます。

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の角田茂准教授らと、フィリピン大学ロスバニョス校獣医学部のMria Amelita C. Estacio教授らによる研究グループは、フィリピンハリナシバチ由来プロポリスには、抗癌剤による副作用である脱毛は防げないものの、毛包における細胞死誘導を抑制し、かつ細胞増殖を促進することにより毛包形成を促がし、白毛化を抑制する作用があることを明らかにしました。
本研究では、抗癌剤治療の副作用として引き起こされる脱毛をマウスで再現した疾患モデルを用いたin vivo試験を行うことにより、ハリナシバチ由来プロポリスの作用を検証し、病理組織解析および遺伝子発現解析からその有効性を明らかにしました。この研究成果から、プロポリスは天然物としてがん患者のQOL向上のための化学療法誘発型脱毛症の症状軽減に利用できる可能性があり、今後のプロポリス研究の発展に寄与することが期待されます。

1:化学療法誘発脱毛モデルを用いたプロポリスの効果の検証

抗癌剤(CYP)投与31日目のマウスの背部体毛の様子。
溶媒塗布コントロール群では白毛が目立ちますが、プロポリス塗布により改善が見られました。

発表内容

 プロポリスは、ミツバチが木の芽や樹液、あるいはその他の植物源から集めた樹脂状物質です。人類のプロポリス利用の歴史は長く、古くは古代エジプトにてミイラを作る際の防腐剤として利用されていたと言われています。近年、プロポリスが持つ様々な生物活性が評価され、健康食品(サプリメント)や飲料としての利用が拡大し続けています。しかしながら、プロポリスはその起源となる植物およびミツバチの種類により含有成分が大きく異なり、極めて多様性に富む混合物です。フィリピン大学ロスバニョス校では、極めてユニークなフィリピン固有種のハリナシバチ(Tetragonula biroi Friese)(注1)から得られるハチミツやプロポリスは一般的なミツバチから得られるものと比べて強い生物活性を持つことを見出していました。
 私たちの研究グループは約10年前からUPLBと国際共同研究を行なっており、当初分化型胃がんに対する腫瘍抑制効果を報告(Desameroら、Sci Rep 2019:研究成果報告)しましたが、その後全く別の生理活性である単純剃毛後の発毛促進効果を見出し、論文発表(湯ら、Exp Anim 2023)を行いました。ところで、化学療法誘発型脱毛症(Chemotherapy-induced alopecia:CIA)(注2)は、がん患者に対する抗癌剤を用いた化学療法の際の最も高頻度に見られる副作用の一つであり、精神的苦痛によるQOLの低下の原因となっています。
 そこで本研究では、フィリピン産ハリナシバチ由来プロポリスがCIAという病的な状況においても効果があるとの仮説を立て、マウスCIAモデルを用いたin vivo解析(注3)によりプロポリスの脱毛防止および再生促進効果について検討を行いました。なお、ヒトとマウスでは毛周期が異なり、抗癌剤であるシクロフォスファミド(CYP)(注4)を単純にマウスに投与しても、脱毛の副作用は認められません。そこでマウスでCIAを再現するため、一度脱毛クリームによる除毛処理を行うことにより毛周期の同期化を行った後、毛周期が増殖期となったタイミングでCYPを投与することにより、脱毛と白毛化を誘導しました。このとき、プロポリスの99.5%エタノール抽出物を使用直前に蒸留水で等量希釈を行ったものを毎日1回、脱毛を誘導した背部皮膚に塗布しました。プロポリス塗布により脱毛は抑制できず、コントロール群と比較してCYP投与30日目の段階で毛の長さには差はなかったのですが、有意な毛包形成数増加と表皮肥厚、メラニン形成改善が認められました。なお、CYP投与48時間後という毛包がダメージを受けるタイミングでは、プロポリス塗布によりアポトーシス細胞(細胞死を起こした細胞)が減少するとともに増殖期細胞が増加していることがわかりました。また、CYP投与30日において、特にメラニン形成関連遺伝子(注5)の顕著な発現亢進が認められました。これらの結果から、プロポリスには抗癌剤による副作用である毛包および皮膚における細胞死誘導を抑制し、かつ細胞増殖を促進することにより、結果として毛包再生促進による発毛密度増加とメラノサイト機能の促進による白毛化抑制作用を持つことが明らかになりました。
 本研究により、フィリピン産ハリナシバチ由来プロポリスは、健常人における発毛・育毛剤としての応用のみならず、がん患者のQOL向上のためのCIA改善に利用可能性のある天然物であると考えられ、今後のプロポリス研究の発展に寄与することが期待されます。

2:CYP投与48時間後の毛包における増殖期およびアポトーシス細胞数の評価(病理組織学的解析)

増殖期細胞は抗Ki67抗体による免疫染色にて赤に、アポトーシス細胞はTUNEL法により緑に、細胞の核はDAPIにより青に標識しました。
プロポリス塗布により、増殖期細胞の増加/アポトーシス細胞の減少が認められました。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院農学生命科学研究科
 Jonna Rose C. Maniwang  博士課程
 湯 玉蘭 博士課程:当時
 王 辰 博士課程:当時
 額尔敦夫 特任講師:当時
 藤井 渉 助教
 久和 茂 特任教授
 チェンバーズ ジェームズ 准教授
 内田 和幸 教授
 小南 友里 助教
 潮 秀樹 教授
 角田 茂 准教授

フィリピン大学ロスバニョス校
獣医学部
 Mark Joseph M. Desamero 教授
 Maria Amelita C. Estacio 学部長
教養学部生物科学研究所
 Cleofas R. Cervancia 名誉教授

論文情報

雑誌名:Experimental Animals
題 名:Stingless bee propolis promotes hair follicle regeneration and melanocyte function in chemotherapy-induced alopecia mouse model
著者名:Jonna Rose C. Maniwang, Yulan Tang, Mark Joseph M. Desamero, Chen Wang, Wataru Fujii, Dunfu Eer, Shigeru Kyuwa, James K. Chambers, Kazuyuki Uchida, Yuri Kominami, Hideki Ushio, Cleofas R. Cervancia、Maria Amelita C. Estacio, Shigeru Kakuta
DOI:doi.org/10.1538/expanim.25-0060
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/expanim/advpub/0/advpub_25-0060/_article/-char/en

研究助成

本研究は、公益財団法人飯島藤十郎記念食品科学振興財団(平成29年度および2023年度外国人留学生研究助成)および公益財団法人小林国際奨学財団(平成30年度研究助成)の支援を受けて行われてきた研究プロジェクトです。

用語解説

注1 ハリナシバチ(stingless bee)
ミツバチ亜科に含まれるハナバチの一種で、東アジアの分布北限は台湾で日本には分布しておらず、熱帯亜熱帯地域にのみ生息しています。その名のとおり針が退化しており、毒針を持っていません。中南米では、数千年前からハリナシバチ類の養蜂が行われ、蜂蜜やプロポリスが、食用や薬用に利用されてきましたが、その効能についてはまだまだ未知の部分が多く残されています。

注2 化学療法誘発型脱毛症(Chemotherapy-induced alopecia:CIA)
がん治療の一つとして抗癌剤を用いた化学療法が挙げられます。薬剤の種類や量によって異なりますが、吐き気、嘔吐、倦怠感、口内炎、下痢や便秘、感染症のリスク増加、そして手足のしびれや痛みなどの末梢神経障害などに加えて脱毛の副作用が知られています。特に女性においては、脱毛はQOL低下の要因の一つとなっています。

注3 疾患モデル動物を用いたin vivo検討実験
動物を用いた生体での実験をin vivo実験といい、培養細胞などを用いた試験管内実験(in vitro)と対比されます。in vitro実験では対象とする細胞種が限られること、代謝反応後の物質の効果は反映されないなど不十分であることから、被験物質の生体における作用を調べるにはin vivo実験が優れています。ただし、動物種差などもあることから、適切な疾患モデル動物を適切な実験条件および方法で使用する必要があります。

注4 シクロフォスファミド
白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、乳がん、肺がん、神経芽細胞腫など、多種のがんの治療に用いられているアルキル化薬に分類される代表的な抗癌剤。骨髄抑制や吐き気・嘔吐、発熱、脱毛などの副作用があることが知られています。

注5 メラニン形成関連遺伝子
チロシンを出発材料としてメラニン色素を合成するのに必要な酵素をコードする遺伝子群。プロポリスを塗布した皮膚組織ではTyr, Tyrp1, Dct遺伝子の発現が有意に高いことがわかりました。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 角田 茂(かくた しげる)
Tel:03-5841-5038 E-mail:a-skakuta@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

藤井 渉
チェンバーズ ジェームズ
内田 和幸
小南 友里
潮 秀樹
角田 茂