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東京大学

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部

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研究成果 一覧

食物アレルギーの病型鑑別に有用な尿中脂質代謝物排泄パターンの発見 ~非侵襲的バイオマーカーによる診断の可能性~

発表のポイント

  • 食物蛋白誘発胃腸炎(FPIES)は、IgE抗体を介さない特殊な腸管型アレルギーであり、診断のためのバイオマーカーが存在しない。
  • IgE依存性食物アレルギー(IgE-FA)では、肥満細胞由来のプロスタグランジンD₂(PGD₂)代謝物であるPGDMが尿中に有意に増加することが明らかになっている。
  • 本研究では、尿中プロスタグランジン代謝物濃度の比較が、IgE-FAとFPIESの鑑別診断に応用できることを明らかにした。

発表内容

 食物蛋白誘発胃腸炎(FPIES: Food Protein-Induced Enterocolitis Syndrome)(注1)は、主に乳児期に発症するIgE非依存性の食物アレルギーであり、原因食物の摂取数時間後に激しい嘔吐を呈する。典型的な蕁麻疹や即時型反応を伴わないため、診断が困難であり、症状がIgE依存性アレルギー(注2)と類似していても、根本的な病態が異なる点が臨床上の課題となっている。現在、FPIESに特異的な診断マーカーは存在せず、正確な診断には食物経口負荷試験(OFC)(注3)に依存しているのが現状である。

 一方で、IgE依存性食物アレルギー(IgE-FA)では、肥満細胞の活性化によりプロスタグランジンD₂(PGD₂)が大量に産生され、その尿中代謝物PGDMが有意に上昇することを我々は報告してきた。本研究では、PGDMとPGE₂代謝物であるPGEM、PGF₂α代謝物であるPGFMの排泄比率が、FPIES とIgE-FAの病態の違いを反映する指標となる可能性について検討した。

 OFC前後に採取した尿をLC-MS/MSで解析した結果、IgE-FA群ではPGDMが著明に上昇し、PGDM/PGEMおよびPGDM/PGFM比も高値を示した。一方、FPIES群ではPGDMの顕著な上昇は認められず、むしろPGE₂およびPGF₂α代謝物の増加が観察された。これらの知見は、FPIESの病態における肥満細胞の関与が乏しく、IgE-FAとは異なる脂質代謝経路が関与していることを示唆している。

 FPIES群で濃度上昇したPGEMの基質、PGE₂は、IL-17サイトカイン群と関連する炎症反応に関与しており、FPIESの症状である嘔吐や浮腫、血圧低下の機序に関連する可能性が考えられる。実際に、PGE₂は、FPIESの発症に関与が示唆されているセロトニンとは異なる経路で嘔吐を引き起こすことが報告されており、本研究結果はFPIESの病態解明に新たな視点を提供するものである。

 本研究は、小児にも適用可能な尿検査による非侵襲的な鑑別診断の実現に向けた第一歩となる成果であり、将来的には臨床応用や病型分類に貢献することが期待される。

発表者

永田 奈々恵(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻・放射線動物科学研究室・特任講師)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻・獣医薬理学研究室 准教授)

共同研究者

梅沢 洸太郎(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
樺島 重憲(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
犬塚 祐介(浜松医科大学医学部付属病院 小児科)
小笠原 久子(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
島田 真実(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
濱口 冴香(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
夏目 統(浜松医科大学医学部付属病院 小児科)
福家 辰樹(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
下澤 達雄(国際医療福祉大学 医科学研究科)
大矢 幸弘(名古屋市立大学 医薬学総合研究院・国立成育医療研究センター アレルギーセンター)
山本 貴和子(国立成育医療研究センター アレルギーセンター)

発表雑誌

掲載誌: Allergy
論文題名: Urinary Prostaglandin Metabolites as Potential Biomarkers for Differentiating IgE-Mediated Food Allergy and Food Protein-Induced Enterocolitis Syndrome
著者: Kotaro Umesawa, Nanae Nagata, Shigenori Kabashima, Yusuke Inuzuka, Hisako Ogasawara, Mami Shimada, Sayaka Hamaguchi, Osamu Natsume, Tatsuki Fukuie, Tatsuo Shimosawa, Yukihiro Ohya, Takahisa Murata, Kiwako Yamamoto-Hanada
DOI: [後日付与予定]

用語解説

注1)食物蛋白誘発胃腸炎(FPIES)
 原因食物摂取の数時間後に、繰り返す嘔吐や下痢などを引き起こす食物アレルギー。
注2)IgE依存性食物アレルギー
 原因食物に対する特異的 IgE が関与して、じんましんなどの症状を起こす食物アレルギー。
注3) 食物経口負荷試験(OFC)
 食物アレルギーの診断のために行われる検査。少量から段階的に原因食物を摂取し、アレルギー反応の有無を医師が観察する。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医薬理学研究室/放射線動物科学研究室/食と動物のシステム科学研究室

准教授 村田 幸久
Tel: 03-5841-7247 / 03-5841-5394
Fax: 03-5841-8183
E-mail: amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp(<アット>を@に変えてください)


関連教員

村田 幸久

種子でのタンパク質の大量輸送の仕組みはどのようにして誕生したのか ――膜交通タンパク質の段階的な機能変化が示す進化の足跡――

 ダイズに代表されるように、種子植物は細胞内の液胞と呼ばれる細胞小器官に大量のタンパク質を貯蔵し、それがヒトや家畜の主要なタンパク源になっています。このような液胞の機能は植物以外にはありません。植物は大量のタンパク質を液胞に輸送する仕組みを、進化の過程で独自に獲得してきたのです。では、他の生物にはないこの独自の物質輸送経路は、どのようにして誕生したのでしょうか。
 東京大学大学院 農学生命科学研究科の藤本優准教授、基礎生物学研究所 細胞動態研究部門の海老根一生助教(研究当時/現 埼玉大学)、金澤建彦助教、南野尚紀特任助教(研究当時/現 福岡大学)、上田貴志教授(責任著者)、理化学研究所 光量子工学研究センターの清水優太朗大学院リサーチ・アソシエイト(研究当時/現 ボルドー大学)と中野明彦副センター長(研究当時/現 東京科学大学)、お茶の水女子大学 ヒューマンライフサイエンス研究所の伊藤容子特任助教と基幹研究院の植村知博教授、立命館大学 生命科学部の深尾陽一朗教授による共同研究グループは、植物独自の液胞への物質輸送経路が、VAMP7という膜どうしの融合を司るタンパク質に生じた段階的な機能変化によって開拓された過程を明らかにしました。
 具体的には、植物の進化の過程でVAMP7に起きたアミノ酸挿入配列の出現とその配列の酸性化、さらに、それに伴う積み荷選別タンパク質複合体AP-4との結合能の獲得とその強化が、種子植物に特有の液胞輸送経路の成立を導く鍵となったことを突き止めました。
 本研究は、細胞内の物質輸送システムを例として、植物が独自の細胞機能を発達させてきた過程を分子レベルで示したもので、その成果は2025年5月13日付けで米国の国際学術誌「Current Biology」に掲載されました。

研究の背景

 真核細胞では、小胞や小管を介した物質輸送システム「膜交通(メンブレントラフィック)」により、様々な細胞小器官の間で物質のやり取りを行っています。このシステムを機能させるための基本要素はすべての真核生物に共通して備わっていますが、そこから派生する輸送経路やその調節のしくみは、植物や動物、酵母といった、それぞれの生物の系統で独自の進化を遂げてきました。
 「液胞」は植物細胞を特徴付ける細胞小器官であり、物質の貯蔵や分解、空間充填、細胞の恒常性維持などの植物の生存や成長に不可欠な役割を果たしています。膜交通システムに関する植物の特徴として、液胞への輸送経路が多様化し、複雑なネットワークを形成していることが挙げられます。このネットワーク中を行き来する小胞には、VAMP7と呼ばれる膜交通タンパク質が積み込まれており、これが小胞とその輸送先の細胞小器官との間の膜融合を実行しています。
 植物のVAMP7にはVAMP71とVAMP72という二種類のタイプがあり、基本的に、VAMP71は液胞での膜融合で、VAMP72は細胞膜への輸送経路(以下、分泌経路)でそれぞれ機能することが分かっています。上田教授らの研究グループではこれらに加え、シロイヌナズナをはじめとした種子植物にVAMP727という液胞への輸送経路(以下、液胞輸送経路)で機能する特殊なVAMP72が存在していることを突き止めていました。このVAMP727は、N末端側のロンジンドメインという領域に、他のVAMP72にはない、約20アミノ酸からなる酸性アミノ酸に富んだ配列が挿入されているという特徴を持ちます(図1)。
 このVAMP727が機能する輸送経路については、種子貯蔵タンパク質の液胞への大量輸送に極めて重要であることが判明しています。しかし、VAMP727やそれに依存する液胞輸送経路が、植物の進化の過程で、いつどのようにして生まれたのか、そしてその背後にどのような分子メカニズムの変化があったのか、という点は不明でした。


図1 植物におけるVAMP72の構造変化と液胞輸送経路の進化モデル

 

研究の成果

 研究グループは本研究において、VAMP727に特有の酸性アミノ酸に富んだ挿入配列(以下、酸性挿入配列)が、液胞輸送経路において積み荷の選別を担うAP-4複合体との結合に必要であることを明らかにしました。さらに、この配列の起源が、陸上植物とそれに最も近縁な生物とされる接合藻類との共通祖先においてVAMP72遺伝子に生じた選択的スプライシングにあることを明らかにしました。AP-4複合体との結合を通じて、もともと分泌経路で機能していたVAMP72が、液胞輸送経路でも機能するようになり、この変化こそが、種子植物におけるVAMP727の誕生と、新たな液胞輸送経路の成立を導いた決定的な要因であったと考えられます。本研究の詳しい内容は以下の通りです。

VAMP727に特有の酸性挿入配列の機能
 VAMP727はロンジンドメインの酸性挿入配列の有無以外は、分泌経路で働く通常のVAMP72と極めて似通った構造を持ちます。このことから、酸性挿入配列が入ることにより、VAMP727の機能が分泌経路から液胞輸送経路へと転換したのではないかと考えました。そこで、この酸性挿入配列の機能を検証するために、その有無や酸性度の違いがVAMP727の局在や機能に与える影響を解析しました。その結果、配列を欠失もしくは酸性度を低下させると、VAMP727はエンドソーム(液胞輸送経路の中継点)からトランスゴルジネットワーク(液胞輸送経路と分泌経路の分岐点)へと局在を変え、さらに液胞膜における膜融合活性が弱まる一方、細胞膜における膜融合活性が強まることが分かりました(図2)。これにより、酸性挿入配列はVAMP727が液胞輸送経路で機能するために不可欠であり、この配列の欠失は通常のVAMP72への機能の先祖返りを引き起こすことが示されました。


図2 酸性挿入配列の変化がVAMP727の局在や機能に与える影響

左図は、シロイヌナズナの根の細胞において、酸性挿入配列を改変したVAMP727の細胞内局在を、エンドソームやトランスゴルジネットワークの蛍光マーカーと比較した結果を示しています。右図は、各改変型VAMP727の膜融合活性、すなわち、液胞膜の膜融合因子SYP22および細胞膜の膜融合因子SYP121との結合量を比較した結果で、バンドの濃さがそれぞれの結合量を示しています。酸性挿入配列の酸性度を低下させたり、配列自体を欠失させたりすると、VAMP727のエンドソームへの局在や液胞膜での膜融合活性は低下する一方で、トランスゴルジネットワークへの局在や細胞膜での膜融合活性は上昇しました。各スケールバーは5 µmを示しています。

 

酸性挿入配列を介したAP-4複合体との結合とその機能的意義
 次に、VAMP727の酸性挿入配列の機能をより詳しく解明するため、シロイヌナズナを用いてVAMP727と結合するタンパク質を探索し、その結合と酸性挿入配列との関連を調べました。その結果、トランスゴルジネットワークにおいて液胞方向へ向かう輸送小胞への積み荷の積み込みを担うAP-4複合体がVAMP727と結合することが分かりました。この結合は、酸性挿入配列の酸性度を低下させると弱まり、配列を欠失させると消失することから、VAMP727の酸性挿入配列がAP-4複合体との結合に不可欠であることが示されました。さらに、AP-4の機能を失ったシロイヌナズナ変異体では、VAMP727が通常のVAMP72と同様にトランスゴルジネットワークに局在するようになり、液胞膜での膜融合活性が低下する一方で、細胞膜での活性が増加することが明らかとなりました。さらに、トランスゴルジネットワークでのVAMP727の輸送過程を超解像ライブイメージング顕微鏡(SCLIM)を用いて観察した結果、AP-4複合体がトランスゴルジネットワークにおいてVAMP727をエンドソームへと輸送するのに必要であることが確認されました(図3)。これらの結果から、VAMP727が液胞輸送経路で適切に機能するためにはAP-4の働きが必須であり、進化の過程で酸性挿入配列を獲得したことで、VAMP727が液胞輸送経路における新たな機能を獲得したことが明らかになりました。


図3 AP-4複合体の機能が失われることによって生じるVAMP727の細胞内局在の変化

超解像ライブイメージング顕微鏡(SCLIM)を用いて、VAMP727の細胞内局在をエンドソームおよびトランスゴルジネットワークの蛍光マーカーと、詳しく比較した画像を示しています。上段は野生型シロイヌナズナ、下段はAP-4複合体の機能が失われた変異体の根の細胞の画像です。AP-4の機能が失われることにより、VAMP727の局在がエンドソームからトランスゴルジネットワークへと変化することが分かりました。各スケールバーは1 µmを示しています。

 

酸性挿入配列はどこから来たのか?
 酸性挿入配列がどのように生じたのかを解明するために、様々な植物からVAMP727と類似したVAMP72の配列を収集し、それらを比較しました。その結果、酸性度の高い挿入配列を持つVAMP727とよく似た分子は被子植物のみに認められました。一方で、意外なことに酸性度が低く短めの配列が挿入されたタイプのものが、裸子植物やコケ植物のゼニゴケ、さらに陸上植物の姉妹系統である接合藻の一部に見つかりました(図4)。そこでゼニゴケのVAMP72をさらに詳しく調べたところ、挿入配列の有無だけが異なる二つのVAMP72が存在しており、これらがひとつの遺伝子からの選択的スプライシングにより生じることが判明しました。このことにより、酸性挿入配列の起源が、陸上植物と接合藻の共通祖先で初めておこった選択的スプライシングにあることが示されました。


図4 VAMP72に生じた挿入配列の進化とその特徴

図の左側には、緑藻類から被子植物までの主要な植物系統を示した系統樹を、右側には、それぞれの系統に存在するVAMP727やそれに近縁のVAMP72の挿入配列付近のアミノ酸配列を示しています。

 

VAMP72の段階的な新機能化とその分子メカニズム
 もともと分泌経路で機能していたVAMP72が、液胞輸送経路で機能するようになった過程を推定するため、緑藻から被子植物にいたる様々な植物のVAMP727やVAMP72の配列や機能を詳細に比較しました。その結果、挿入配列を持たない祖先型なタイプは分泌経路で、酸性度の高い挿入配列を持つタイプは液胞輸送経路で機能していることが分かりました。一方、酸性度が低くやや短めの配列を持つ中間型(ゼニゴケやシトカトウヒのスプライシングバリアントなど)は、両者の中間的な性質を示しました。
 シロイヌナズナVAMP727を始めとする酸性挿入配列には、AP-4複合体などのクラスリンアダプターと直接結合する「チロシンモチーフ」や「酸性ジロイシンモチーフ」が含まれており、VAMP72の機能転換において重要な役割を果たしたと考えられます。一方、短めの挿入配列を持つ中間型VAMP72には「チロシンモチーフ」は含まれますが、「酸性ジロイシンモチーフ」はありませんでした(図4)。これらの結果から、VAMP72はまずチロシンモチーフを含む挿入配列を獲得することで部分的な機能転換がおこり、それが酸性化するとともに酸性ジロイシンモチーフが生じることでAP-4複合体との結合が強化され、液胞輸送経路で機能するVAMP727へと進化した可能性が示唆されます。このVAMP727の二段階の機能転換を経て、植物に新たな液胞輸送経路が誕生し、これにより液胞へのタンパク質の大量輸送が可能になったと考えられるのです。

今後の展望

 今回の研究では、種子植物のVAMP727に特有の酸性挿入配列の機能と進化的起源を解明することを通じ、既存の膜交通タンパク質VAMP72に生じた段階的な機能転換が、新たな液胞輸送経路を開拓する原動力となったことが示されました。
 本研究で得られた知見は、将来的には有用物質の貯蔵や効率的生産、植物のストレス耐性の向上などを可能にする、膜交通経路の制御技術の確立に向けた基盤となるものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名 Current Biology
掲載日 2025年5月13日
論文タイトル: Neofunctionalization of VAMP7 opened up a plant-unique vacuolar transport pathway
著者: Masaru Fujimoto, Yutaro Shimizu, Yoko Ito, Kazuo Ebine, Naoki Minamino, Takehiko Kanazawa, Yoichiro Fukao, Akihiko Nakano, Tomohiro Uemura, Takashi Ueda
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.04.062

研究グループ

 本研究は、基礎生物学研究所 細胞動態研究部門、東京大学大学院 農学生命科学研究科、理化学研究所 光量子工学研究センター、お茶の水女子大学 基幹研究院及びヒューマンライフサイエンス研究所、立命館大学 生命科学部が参加した共同研究チームにより実施されました。

研究サポート

 本研究は、科学研究費助成事業(19H05670, 19H05675, 21H02515, 24K02050, 23KF0078, 21K06222, 17H05019, 24H00509, 22K19327, 22H02643, 10J08869, JP21J00910)、生命創成探究センター(ExCELLS)特別共同研究プログラム(No. 23-S3 and 24-S2)、三菱財団、山田科学振興財団、および、旭硝子財団の支援を受けて行われました。

本研究に関するお問い合わせ先

基礎生物学研究所 細胞動態研究部門
教授 上田貴志
TEL: 0564-55-7530
E-mail: tueda[at]nibb.ac.jp

報道担当

基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press[at]nibb.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
TEL: 03-5841-8179、5484
E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

お茶の水女子大学 広報・ダイバーシティ推進課
TEL: 03-5978-5105
FAX: 03-5978-5545
E-mail: info[at]cc.ocha.ac.jp

立命館大学 総合企画部広報課
TEL: 075-813-8300
FAX: 075-813-8147
E-mail: r-koho[at]st.ritsumei.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

藤本 優

犬の膀胱がんの診断に役立つ新たな手がかり ― 尿に含まれる脂質からがんの状態を見分ける ―

発表のポイント

  • 犬の膀胱がん(正式には尿路上皮がん)は進行が早く、転移もしやすいため、早期に見つけて経過を追える新しい検査方法が求められています。
  • 私たちは、犬の尿に含まれる脂質の種類や量を詳しく調べることで、がんの特徴を明らかにできることを示しました。
  • 特にBRAF遺伝子の変異や一般的に使用される治療薬(NSAIDs)の服用が脂質の産生パターンに大きく関わっていることを突き止めました。

発表内容

 犬の膀胱がん(尿路上皮がん:canine urothelial carcinoma)は、転移性が高く、手術適応が限られる悪性腫瘍である。犬の膀胱がんでは抗炎症薬として用いられるシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害薬(NSAIDs)が有効であることや、BRAF遺伝子の変異(BRAFV595E)が高頻度に認められるという特徴があるが、その病態メカニズムの多くは未解明であった。

 本研究では、尿路上皮がんと診断された犬38例(うちNSAIDs未投与26例)および健常犬12例の尿を対象に、質量分析装置(LC-MS/MS)を用いて網羅的に生理活性脂質の濃度を測定した。その結果、尿路上皮がんに罹患した犬の尿中ではPGE₂やTXB₂、LTE₄、HETEをはじめとする多数の生理活性脂質の濃度が有意に増加し、15-keto-PGE₂などの一部の生理活性脂質の濃度は減少していた。これは、過去に報告されている腫瘍組織中の脂質代謝酵素の発現パターンであるCOX-2の発現上昇や15-PGDHの発現低下と一致しており、犬の膀胱がんでPGE₂などの腫瘍促進性の生理活性脂質が蓄積していることが示唆された。

 さらに、BRAFV595E変異を有する犬では、COXだけでなく、リポキシゲナーゼ(LOX)やシトクロムP450(CYP)といった様々な代謝経路で産生される生理活性脂質の量が増加傾向を示した。また、NSAIDsを服用している犬では、意外にもPGE₂等の産生は抑制されていなかったが、LOX経路やCYP経路の生理活性脂質の産生量が増加しており、これらの経路への代謝のシフト(シャント)**が示唆された。

 以上の結果から、犬の膀胱がんにおける尿中脂質プロファイルは診断マーカーや治療応答のモニタリング指標となり得るとともに、BRAF変異をもつがんに対する脂質代謝標的治療の可能性が示された。犬を用いた自然発症モデルは、ヒトのBRAF変異を有するがん研究にも応用可能性が高い。

発表者

林 亜佳音(東京大学大学院農学生命科学研究科・応用動物科学専攻・放射線動物科学研究室・特任研究員)
前田 真吾(東京大学大学院農学生命科学研究科・獣医学専攻・臨床病理学研究室・准教授)
山﨑 愛理沙(東京大学大学院農学生命科学研究科・応用動物科学専攻・放射線動物科学研究室・大学院生:研究当時)
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科・応用動物科学専攻・放射線動物科学研究室・特任講師:研究当時)
後藤 裕子(東京大学附属動物医療センター・特任准教授)
米澤 智洋(東京大学大学院農学生命科学研究科・獣医学専攻・臨床病理学研究室・准教授)
小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科・食と動物のシステム科学研究室・特任講師)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科・獣医学専攻・獣医薬理学研究室・准教授)

発表雑誌

掲載誌: The Veterinary Journal
論文題名: Urinary lipid production in dogs with urothelial carcinoma
DOI:10.1016/j.tvjl.2025.106373
HP:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1090023325000772

用語解説

  • cUC(犬の尿路上皮がん): 犬の膀胱にできる悪性腫瘍で、ヒトの膀胱がんにも似た性質を持つ。
  • 生理活性脂質: 体内の炎症やがんの進行に深く関わる、脂肪酸(アラキドン酸など)由来の化学物質。プロスタグランジンなどが含まれる。
  • BRAFV595E変異: がんの進行を早める遺伝子変異の一つで、ヒトのがんで見られる遺伝子変異BRAFV600Eと非常によく似た特徴を持つ。
  • NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬): 解熱鎮痛剤としても広く使われている薬。炎症や腫瘍の進行に関わる酵素COXの働きを抑えることで効果を発揮する。
  • COX(シクロオキシゲナーゼ): 炎症やがんの進行に関わるプロスタグランジンを作り出す酵素。NSAIDsはこのCOXの働きを抑えることで作用する。
  • LOX(リポキシゲナーゼ): 白血球などの免疫細胞が主に持つ酵素で、ロイコトリエンやHETEなどの炎症性脂質を作る。がんやアレルギーに関与する。
  • CYP(シトクロムP450): 肝臓などで働く解毒酵素の一種で、脂質を酸化してエポキシドやDHETなどの物質に変える。がんや血圧の調節にも影響を与える。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
獣医薬理学研究室・放射線動物科学研究室
准教授 村田 幸久
Tel: 03-5841-7247 / Fax: 03-5841-8183
E-mail: amurata<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp(<アット>を@に)


図1:研究概略図



図2:膀胱がんに罹患した犬の尿では、PGE2やTXB2の濃度が増加し、15-keto-PGE2の濃度が減少していた

関連教員

前田 真吾
後藤 裕子
米澤 智洋
小林 幸司
村田 幸久

ヒトの高感度な匂い知覚に関わる嗅粘液中因子の発見 ――細胞外マトリクス糖タンパク質のフィブロネクチンが 嗅覚受容体の匂い応答を促進――

発表のポイント

◆嗅上皮を覆う粘液中の細胞外マトリクス糖タンパク質であるフィブロネクチンが、これまで大きな謎とされていた高感度な嗅覚のメカニズムの一端を担っていることがわかりました。
◆疎水性の匂い物質が、フィブロネクチンの周りに効率良く集積することによって、嗅覚受容体の応答が促進することを見出しました。
◆フィブロネクチンは、嗅覚の感度を調節する因子として、生体模倣型匂いセンサー開発や嗅覚障害治療へ向けて産業・臨床応用が期待されます。


本研究で明らかになったフィブロネクチンの嗅覚感度上昇における役割

概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授の研究グループは、大学院医学系研究科の近藤健二教授、味の素株式会社の伊地知千織氏(Group Executive Specialist)と共同で、ヒトの嗅粘液(注1)中の細胞外マトリクス糖タンパク質、フィブロネクチン(FN,注2)が、嗅覚受容体(OR,注3)の匂い物質への応答を促進することを見出しました。
 動物は極めて高感度な嗅覚能力を持つものの、OR自体の感度は比較的低いため、嗅覚感度を調節する因子の存在が示唆されていましたが、実体は不明でした。本研究では、ヒトORを発現した培養細胞及びマウス嗅上皮を用いて、嗅粘液中のFNが匂い物質を効率よく集積して、受容体の匂い応答を促進させることを示し、FNが嗅覚の高感度メカニズムに関わっていることを明らかにしました。さらに、ヒト嗅粘液中のFN濃度は、健常者と比較して特発性嗅覚障害患者で有意に低いことがわかりました。
 これらの結果は、嗅覚の感度を調節する因子としてのFNの新たな役割を示すとともに、生体模倣型匂いセンサー、嗅覚障害治療薬開発への応用の可能性を示すものです。

発表内容

 嗅覚は、空気中に存在する低濃度の匂い物質を、高感度で感知する感覚システムです。鼻腔に取り込まれた匂い物質は、嗅上皮を覆う嗅粘液に溶け込み、嗅神経細胞(注4)の繊毛上の嗅覚受容体(OR)に結合し、細胞内cAMP(注5)産生を通じて電気信号を引き起こします。これまで、空気中のpptからppbレベルの低濃度の匂い物質が、uMオーダーの感度しか持たないORをどうやって活性化できるか謎でした。示唆的なこととして、嗅粘液分泌障害による嗅覚感度低下が報告されており、嗅粘液に感度を調節する細胞外因子が存在するのではと考えられていました。しかし、嗅神経細胞の匂い応答を模するアッセイ系がなかったこともあり、嗅粘液の存在によって嗅覚感度が向上する直接的な証拠や活性因子同定の報告もありませんでした。

 研究グループは、まず培養細胞でのOR応答測定系として、cAMP応答ダイナミクスを時空間解析できるイメージング技術を開発しました。この技術を用いて、嗅粘液のOR応答への影響を調べたところ、ヒト嗅粘液添加により匂い応答強度が有意に増加しました。そこで、この効果を指標に、タンパク質の分析データを参照しつつ、嗅粘液から精製を行ったところ、嗅粘液中に多く存在する高分子マトリクス糖タンパク質であるフィブロネクチン(FN)が活性因子として同定されました。 

匂い物質は比較的疎水性の揮発性分子で、その構造は多様です。様々な匂い物質で、FNの匂い応答増強効果によって匂いに対する感度が改善するか探るため、11組の匂い物質-ORペア(注6)に対するFNの効果を調べました。その結果、10組のペアで、匂い応答増強に伴って感度の上昇(EC50(注7)の減少率が大きい)が見られ、その程度はペアによって異なっていました。同じORでも匂い物質が異なると効果の程度が異なり、一方で、同じ匂い物質では、ORが異なっても効果の程度が同じでした。つまり、FNはORではなく匂い物質に作用することが示唆されました。さらに、匂い物質の疎水性が高いほど、より大きな感度の上昇効果が見られました。

 次にFNの効果のメカニズムを解明するため、FNの存在/非存在下において、OR発現細胞に添加した自家蛍光性匂い物質の挙動を可視化しました。その結果、FN添加に伴い細胞近傍の匂い物質の蛍光が増加し、OR応答の増強も同時に起きることがわかりました。以上の結果は、FNが匂い物質を局所的に集積させて濃度を増加させる結果、匂い応答増強効果が見られることを示しています。

 次に、より生体に近い系でのFNの効果を調べるため、マウス嗅上皮から、嗅神経細胞で生じる匂いに対する電気的な応答を記録しました。嗅上皮から嗅粘膜を部分的に除去すると匂い応答が減少しましたが、そこにFNを添加すると匂い応答が部分的に回復しました。以上の結果は、嗅上皮上の嗅粘液において、FNが匂い応答の増強効果に関わっていることを示しています。

 さらに、ヒトの嗅覚障害におけるFNの関与に注目し、特発性嗅覚障害患者と健常者を対象に嗅粘液中のFN濃度を測定しました。その結果、患者のFNレベルは健常者群よりも有意に低いことが判明しました。ヒトの嗅覚で匂い知覚にFNが関与している可能性を示唆しています。

 本研究により、高感度に匂いを受容する嗅覚メカニズムに、嗅粘液中のFNが重要な役割を果たしていることが明らかになりました。この知見は、バイオハイブリッド型嗅覚センサーの感度向上や嗅覚障害の治療の基盤となる可能性があり、今後の匂いセンサー技術開発や嗅覚障害の臨床応用に貢献することが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
 ステラ チャプマン 特任研究員
 伊原 さよ子    助教
 佐藤 幸治     特任准教授
 東原 和成     教授

大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
 近藤 健二     教授

論文情報

雑誌名: Science Advances
題 名:Fibronectin in the olfactory mucus increases sensitivity of olfactory receptor response to odorants
著者名: Stella Chapman, Kenji Kondo, Sayoko Ihara, Chiori Ijichi, Koji Sato*, Kazushige Touhara*
DOI: 10.1126/sciadv.adu7271
URL: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adu7271

研究助成

本研究は、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」(課題番号:JPMXS0120330644)、科研費 特別推進研究(課題番号:23H05410)、基盤研究A(課題番号:23H00244)、基盤研究B(課題番号:19H02531)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)嗅粘液
 鼻腔の奥の上部にある、匂いを感じる嗅上皮粘膜組織を覆う粘液。
(注2)フィブロネクチン
 様々な細胞で合成、分泌され、細胞が接着する足場となるための高分子マトリクス糖タンパク質。生体では多種多様な役割を担うと考えられており、特に、怪我などで傷ついた細胞組織の修復など、治癒に大きな役割を持つ。
(注3)嗅覚受容体
 主に嗅神経細胞の繊毛に局在して、匂い物質を感知する受容体タンパク質。7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体ファミリーに属していて、ヒトでおよそ400種類存在する。匂い分子が嗅覚受容体と結合すると、共役したGタンパク質の働きにより、細胞内でcAMPが産生され、嗅神経細胞の電気的興奮をもたらす。
(注4)嗅神経細胞
 腔の奥の上部にある嗅上皮の中にある神経細胞で、匂い物質のシグナルを脳に伝達する抹消神経。神経の先端部分に匂いを感じる繊毛と呼ばれる微細な毛状構造をもつ。また他の神経細胞と違い、損傷しても嗅上皮内部の幹細胞から再生する特徴がある。
(注5)cAMP
 アデニル酸シクラーゼという酵素の働きで、ATPから作られる物質。細胞内シグナル伝達分子としての役目を持ち、細胞の電気信号や遺伝子発現など、様々な細胞応答の調節に関与する。
(注6)匂い物質-嗅覚受容体(OR)ペア
 多くの匂い物質は、複数の嗅覚受容体(OR)を活性化し、また各ORは複数の匂い物質によって活性化され、匂い物質とORの間には、多対多の関係が成り立っている。
(注7)EC50
 匂い物質が応答する受容体に対して最大応答の50%を引き起こすための濃度を指す。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
 教授 東原 和成(とうはら かずしげ)
 Tel:03-5841-5109 E-mail:ktouhara[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科
 特任准教授 佐藤 幸治(さとう こうじ)
 Tel:03-5841-5113 E-mail:satok[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
 事務部 総務課総務チーム 広報情報担当
 Tel: 03-5841-8179, 5484  FAX:03-5841-5028
 E-mail: koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

東原 和成
伊原 さよ子

ATP依存型ジアゾ化酵素の構造と触媒メカニズムを解明 ――実験科学×計算科学で反応機構を提唱――

発表のポイント

◆ATPを利用して、アミノ基のジアゾ化反応を触媒するジアゾ化酵素CmaA6の立体構造を解明しました。
◆生化学的実験と計算化学的解析から、CmaA6が逐次反応によってジアゾ化反応を触媒することを明らかにしました。
◆本研究の知見を用いることで、ジアゾ化酵素の基質認識を制御することが可能になると期待されます。

概要

 過去数年の研究において、亜硝酸とアミノ基を縮合することでジアゾ基を合成するジアゾ化酵素が複数報告されています。しかし、その詳細な反応機構は未だ解明されていませんでした。東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命工学専攻の勝山陽平准教授・寺田透教授・大西康夫教授らの研究グループは、亜硝酸を用いて3-アミノクマル酸 (3-ACA) のジアゾ化を触媒するATP依存型ジアゾ化酵素CmaA6の触媒機構の解明に取り組みました。まず、X線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡単粒子解析によって、CmaA6の基質非結合状態とAMP結合状態の立体構造を解明しました。一方、反応速度論解析から、CmaA6は3つの基質(亜硝酸、ATP、3-ACA)が同時に反応ポケットに結合する逐次反応機構でジアゾ化を触媒することが示唆されました。また、計算科学的解析により、亜硝酸と3-ACAの結合部位および3-ACAが反応ポケットに入るためのトンネルが予想され、部位特異的変異導入実験によってその妥当性が確認されました。

発表内容

 微生物は構造や生物活性の多様性に富む様々な種類の天然物を生産します。このような天然物に見られる特徴的な官能基の合成に関与する生合成酵素の発見や触媒機構の解明に向けた研究が、これまで盛んに行われてきました。その中でも、ジアゾ基 (注1) 等の窒素-窒素 (N-N) 結合を形成する酵素の探索や機能解析は近年大きな関心を集めています。
 東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命工学専攻の勝山陽平准教授・大西康夫教授らの研究グループは、これまでクレメオマイシン、アラゾペプチン、アベナルミ酸といった放線菌(注2) が生産する複数の天然物の生合成研究を実施しました。その過程で、亜硝酸をアミノ基に縮合させることでジアゾ基を合成する生合成システムが放線菌において普遍的に存在することを明らかにしました。さらに、この反応を触媒する酵素も複数発見しました。しかし、亜硝酸を用いたジアゾ化酵素の詳細な触媒機構は謎のままでした。
 そこで、同研究グループは以前に発見した3-アミノクマル酸 (3-ACA) のジアゾ化を触媒するATP依存型ジアゾ化酵素CmaA6に着目しました。CmaA6は、ATPを用いて活性化させた亜硝酸を3-ACAのアミノ基に縮合させることでジアゾ化し、3-ジアゾクマル酸 (3-DCA) を合成する反応を触媒することがわかっていますが (図1 A)、3つの基質 (3-ACA、亜硝酸、ATP) の認識機構や詳細な触媒機構は未知でした。本研究では、CmaA6の立体構造を基に、実験科学と計算科学を組み合わせることで、ジアゾ化酵素の触媒メカニズムの解明を目指しました。
 まず、同研究グループはCmaA6の立体構造解析に取り組みました。X線結晶構造解析 (注3) から、基質非結合型の構造 (図1 B) とAMP結合型の構造 (図1 C) を取得しました。また、クライオ電子顕微鏡単粒子解析法 (注4) によっても基質非結合型の構造を取得しました (図1 D)。
 次に、CmaA6の3つの基質に対する包括的な反応速度論解析を行いました。その結果、CmaA6が属するANLスーパーファミリーの他の酵素とは異なり、CmaA6は3つの基質が酵素ポケット内に結合した後に反応が進行する「逐次反応」という触媒機構を有していることが明らかになりました (図2)。そのため、CmaA6はANLスーパーファミリーの他の酵素と異なる基質結合様式を有していると予想しました。
 次に、CmaA6の立体構造を精査することで、亜硝酸の認識を担うと考えられる3残基 (ヒスチジン, フェニルアラニン, リジン) を見出しました (図3 A)。さらに、3-ACAの結合サイトをドッキングシミュレーションとMDシミュレーションにより検証しました。その結果、CmaA6ではANLスーパーファミリーの他の酵素と異なる位置のポケットに3-ACAを収容することが示唆されました。また、3-ACAの認識を担うと考えられる3残基 (グルタミン、アルギニン、アスパラギン) も見出されました (図3 B)。これらのアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換したCmaA6の組換えタンパク質をそれぞれ調製し、酵素活性を調べたところ、上述の基質認識機構が正しいことが示唆されました。さらに、計算科学的手法により、3-ACAが基質ポケットに侵入するための新たなトンネルも見出しました。これらは、ANLスーパーファミリーに属する酵素の反応機構の常識とは異なる結果であり、ジアゾ化酵素特有のものであると考えられます。
 以上のように、X線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡単粒子解析という2つの手法によって、ジアゾ化酵素 (CmaA6) の立体構造を世界に先駆けて解明しました。さらに、反応速度論解析や変異酵素の活性解析といった実験科学と各種計算科学的な手法を組み合わせることで、CmaA6の触媒機構の一端を明らかにしました。本研究は、ジアゾ基を始めとするN-N結合を有する天然物の生合成機構と酵素学に関する極めて重要な知見を与えるものであり、今後、ジアゾ基を種々の化合物に酵素的に導入する技術的基盤になると考えられます。

図1:CmaA6が触媒する反応 (A) と、本研究で得られたCmaA6の立体構造 (B – D)。



図2:CmaA6が触媒する反応の模式図。3つの基質が酵素ポケットに結合してから反応が進行し、3つの生成物が放出される。



図3:X線結晶構造解析より得られた構造から予想される亜硝酸の結合位置 (A) と、
ドッキングシミュレーションとMDシミュレーションから推定された3-ACAの結合位置 (B)。

参考文献

  1. Sugai et al. Nat. Chem. Biol., 12(2), 73-75.
  2. Kawai et al. Angew. Chem. Int. Ed., 60(18), 10319-10325
  3. Kawai et al. Angew. Chem. Int. Ed., 61(45), e202211728

発表者・研究者等情報

東京大学大学院農学生命科学科学研究科 応用生命工学専攻
 川合 誠司 日本学術振興会特別研究-PD (当時)
 唐澤 昌之 特任研究員
 寺田 透 教授
 勝山 陽平 准教授
 大西 康夫 教授


東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所
 森脇 由隆 准教授

論文情報

雑誌名: Angewandte Chemie International Edition
題 名: Structural Basis for the Catalytic Mechanism of ATP-Dependent Diazotase CmaA6
著者名: Seiji Kawai, Masayuki Karasawa, Yoshitaka Moriwaki, Tohru Terada, Yohei Katsuyama *, Yasuo Ohnishi
DOI: 10.1002/anie.202505851
URL: https://doi.org/10.1002/anie.202505851

研究助成

本研究は、科研費「19H04645、19H05685、22H05130、22H05126、22KJ1046」、JSPS A3フォーサイト事業、生命科学・創薬研究支援基盤事業 (AMED)、プロアクティブ環境学国際卓越大学院の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ジアゾ基
 窒素原子2つからなる官能基(=N+=N-)です。反応性が高く、さまざまな反応の足場として有機化学合成に用いられることで有名です。
(注2) 放線菌
 主に土壌中に生息する、グラム陽性細菌の一群のことを指します。原核生物としては高度な形態分化を示すほか、ゲノムDNAのGC含量が高いという特徴を示します。また、抗生物質や抗がん剤として用いられている多くの天然物の生産を担うことで知られています。
(注3) X線結晶構造解析
 タンパク質の結晶にX線を照射し、その回折像から得られる電子密度を基にタンパク質の立体構造を明らかにする手法です。
(注4) クライオ電子顕微鏡単粒子解析法
 タンパク質の試料を極低温で凍結させ、電子顕微鏡で多数のタンパク質粒子を撮影し、画像処理によってタンパク質の立体構造を明らかにする手法です。2017年ノーベル化学賞を受賞した技術です。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室
 准教授 勝山 陽平(かつやま ようへい)
 Tel:03-5841-5124 E-mail:aykatsuhko@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

関連教員

寺田 透
勝山 陽平
大西 康夫

世界のメタン収支 2000–2020 ――グローバル・カーボン・プロジェクトの最新成果――

発表のポイント

◆国際研究プロジェクト「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」は、温室効果ガスであるメタン(CH4)の全ての発生源と吸収源を詳細に網羅した世界のCH4収支「世界のメタン(CH4)収支2025」を公表しました。
◆世界で実施されている観測とモデル研究の成果を統合し、大気中のCH4濃度が2022年までに産業革命前の約2.6倍である1912ppbに達し、その主要な原因が農業・畜産、化石燃料採掘、廃棄物処理に伴う排出量の増加であることを明らかにしました。
◆CH4は温室効果ガスであるとともに大気汚染にも関与しており、人為排出量の削減が強く望まれていますが、本研究は最新のCH4収支を明らかにすることで、効果的な対策立案への科学的基礎を与えています。

発表内容

 東京大学大学院農学生命科学研究科の伊藤昭彦教授らによる研究グループ(合計69名)は、強力な温室効果ガスであるとともに大気汚染にも関与するため注目されているメタン(CH4)の、放出と吸収・消滅の全体像(図1)を明らかにする統合解析を実施しました。国際研究プロジェクト「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」による、世界の温室効果ガスにおける排出と吸収・消滅の状況を把握する研究活動の一環です。
 今回の報告では、大気中のCH4濃度の観測と大気化学輸送モデルによるシミュレーション、社会経済的な統計データの分析、地表でのCH4排出・吸収の観測データと物質循環モデルによるシミュレーションなどの結果が吟味されました。それら最新の科学的データを分析することで、近年の大気中CH4濃度上昇の主な原因となる排出源や地域を明らかにし、今後の気候変動政策に貢献することが期待されます。

図1:世界のメタン(CH4)収支、2010–2019年の結果(出典:Global Methane Budget 2000–2020のFigure 7を改変)

 大気中のCH4濃度は、世界各地で行われた観測結果を平均すると、2022年時点で1912 ppb(ppb = 気体の10億分の1)に達しており、産業革命前の濃度水準と比較して約2.6倍に増加していました。2020-2021年には顕著に高い濃度上昇速度が観測されており、その原因は新型コロナ感染症の蔓延時期に起こった人為排出の変化や、熱帯域での自然起源排出増加にあると考えられました。
 最近10年間(2010-2019年)の総CH4排出量は、大気観測に基づく推計法では年間約575 Tg(Tg [テラグラム] = 1012 g)と推定され、地表排出を積み上げる推計法では年間約669 Tgと推定されました。2020年に発表された前回の解析から、排出源別推定の見直し作業を行ってきましたが、まだ2つの手法でギャップが残されており、特に湿原や湖沼・河川などの内陸水面からの排出量に不確実性が残っていることが明らかになりました。
 総排出量のうち約65%(年間約360 Tg)が人間活動によるもので、そのうちの6割程度は農畜産業(アジア地域の水田を含む)および廃棄物処理、3割程度が石炭や天然ガスなどの化石燃料採掘に伴う排出でした。これらの人為排出量は、2000年代から2020年の間に年間40〜60 Tg程度増加しており、大気中CH4濃度上昇の主要な原因となっていました。
 近年の大気中CH4濃度の増加は、対策をほとんど実施しない場合の予測に近いトレンドを辿っていることが示されました。つまり、国際社会が掲げたCH4削減目標とは大きく離れた状況となっており、更なる排出削減努力が必要であるという結論になりました。本研究は、実効性のある対策の実施に科学的基礎を与える意義があり、今後も観測やモデルの精度を向上させるための研究開発を進める必要があります。

発表者・研究者等情

東京大学 大学院農学生命科学研究科
 伊藤 昭彦 教授

論文情報

雑誌名:Earth System Science Data
題 名:Global Methane Budget 2000–2020
著者名: Saunois, M.*, Martinez, A., Poulter, B., Zhang, Z., Raymond, P. A., Regnier, P., Canadell, J. G., Jackson, R. B., Patra, P. K., Bousquet, P., Ciais, P., Dlugokencky, E. J., Lan, X., Allen, G. H., Bastviken, D., Beerling, D. J., Belikov, D. A., Blake, D. R., Castaldi, S., Crippa, M., Deemer, B. R., Dennison, F., Etiope, G., Gedney, N., Höglund-Isaksson, L., Holgerson, M. A., Hopcroft, P. O., Hugelius, G., Ito, A., Jain, A. K., Janardanan, R., Johnson, M. S., Kleinen, T., Krummel, P. B., Lauerwald, R., Li, T., Liu, X., McDonald, K. C., Melton, J. R., Mühle, J., Müller, J., Murguia-Flores, F., Niwa, Y., Noce, S., Pan, S., Parker, R. J., Peng, C., Ramonet, M., Riley, W. J., Rocher-Ros, G., Rosentreter, J. A., Sasakawa, M., Segers, A., Smith, S. J., Stanley, E. H., Thanwerdas, J., Tian, H., Tsuruta, A., Tubiello, F. N., Weber, T. S., van der Werf, G. R., Worthy, D. E. J., Xi, Y., Yoshida, Y., Zhang, W., Zheng, B., Zhu, Q., Zhu, Q., and Zhuang, Q.
DOI: 10.5194/essd-17-1873-2025
URL: https://essd.copernicus.org/articles/17/1873/2025/

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
 教授 伊藤 昭彦(いとう あきひこ)
 Tel:03-5841-5211 E-mail:akihikoito[at]g.ecc.u-tokyo.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

伊藤 昭彦

ザンビアにおけるリーシュマニア原虫感染状況

発表のポイント

  • ◆寄生虫の一種であるリーシュマニアの感染は、ヒトおよびイヌに重篤な健康被害をもたらします。
  • ◆アフリカ・ザンビア共和国では、過去数十年間にわたりリーシュマニア症の報告がありませんでした。
  • ◆今回、イヌにおける抗体保有調査を行った結果、ザンビアにおいてリーシュマニア感染が高率であることが明らかになりました。

  • 概要

     寄生虫性疾患であるリーシュマニア症(注1)は世界広くに蔓延する人獣共通感染症です。原虫種の一つであるLeishmania infantumは、地中海沿岸や南米の国々において、ヒトとイヌの両方に致死的な疾患をもたらすことが報告されています。一方、南部アフリカ諸国ではリーシュマニア症の報告がほとんどありませんでした。そこで、私たちは未報告国の一つであるザンビア共和国において、イヌにおけるリーシュマニア原虫感染状況を把握するための調査を行いました。その結果、一部の地域では高率でリーシュマニア原虫感染がおきていることが明らかになりました。今回確認された感染陽性率は、他の浸淫地域における陽性率と比較しても同等もしくはより高いものであり、ザンビアにおけるリーシュマニア原虫感染の重要性を示唆しています。

    発表内容

     リーシュマニア症(注1)は、寄生虫の一種であるリーシュマニア原虫の感染によっておこる人獣共通感染症です。世界保健機関によると、本疾患は98の国や地域で確認されており、世界に広く蔓延する疾患である一方、南部アフリカ諸国ではリーシュマニア症の報告がほとんどありませんでした(図1)。しかしながら、マラリアや結核など他の感染症の発生状況などから鑑みると、これら地域でリーシュマニア症の報告がないことは、実際に疾患が存在しないのではなく、調査不足に起因して疾患が認知されていない可能性がありました。未報告国の一つであるザンビア共和国においても、リーシュマニア症の報告は文献で確認出来る限りヒトにおいて1973年と1976年の2件、イヌにおいて1997年の1件に限られており、長く本症の存在は確認されていませんでした。

    図1.リーシュマニア症の発生状況

    世界保健機関の報告によると、リーシュマニア症は98の国や地域で確認されている一方、南部アフリカには報告がない国が多く見られる。他の感染症の発生状況などから鑑みると、これら地域で報告がないことは、十分な調査の不足に起因する可能性が考えられる。

     しかしながら、2021年に南部州においてリーシュマニア症の疑いがあるイヌが見られ、私たちの解析を通して本症例が原虫種Leishmania infantumによるイヌリーシュマニア症であることが確認されました(図2)。L. infantumは、地中海沿岸や南米の国々においてヒトとイヌの両方に致死的な疾患をもたらす原虫種であり、本イヌ症例の発見は、公衆衛生や動物福祉の両面から問題を提起するものでした。

    図2.2021年に確認されたリーシュマニア症イヌ個体

    (A, B)皮膚症状に加えて、爪の異常伸長や目の異常が確認された。(C)リンパ節生検試料のギムザ染色によりリーシュマニア原虫が確認された。(Squarre et al., Emerg Infect Dis, 2022, 28(4):888-890. より引用、一部改変)

     そこで東京大学および北海道大学、ならびにザンビアの各種研究・行政機関による合同チームは、主に日本医療研究開発機構(AMED)による支援を受けて、ザンビアにてヒトとイヌにおけるリーシュマニア症の実態把握ならびに新規診断技術の開発を目指すプロジェクトを立ち上げました。そのプロジェクトの一つとして、ザンビアでは初となる血清学的検査(注2)によるイヌの大規模解析を行いました。首都ルサカならびに南部州の都市リビングストンにある5つの地域で採取されたサンプルの解析を行ったところ、複数の地域において陽性個体が確認され、陽性率は最も高いところで17%でした(図3)。この陽性率は、本症の浸淫が確認されている地中海沿岸や南米の国々における陽性率と比較しても同等かより高いものであり、2021年に発見されたイヌ感染症例がその地域に限局したものではなく、ザンビアにおいて広くリーシュマニア原虫の伝播がおこっていることを示唆するものとなりました。続いて、最も高い陽性率が確認された地域において、陽性個体の1年後生存状況を追跡調査したところ、陽性群は陰性群と比較して高い死亡率が確認されました(相対リスク:7.9)。この結果は、ザンビアにおいてリーシュマニア原虫の感染が実際にイヌの健康状態に悪影響を与えることを示唆しています。

    図3.ザンビア・イヌにおける血清学的診断による陽性率

    ルサカならびにリビングストンにある5つの地域で採取されたサンプルの解析を行ったところ、複数の地域において陽性個体が確認され、陽性率は最も高いところで17%だった。

     本研究を通して、ザンビアにおけるリーシュマニア原虫感染の蔓延について初めて明らかにすることができました。前述のとおり、ザンビアでは人獣共通感染症を引き起こす原虫種であるL. infantum が確認されていることから、本研究で確認されたイヌでの高い陽性率は、その地域に住む人々への感染・発症リスクを強く示唆します。今後は、ヒトにおける感染状況の実態把握を進めながら、ザンビアの医学・獣医学セクターにまたがる様々なステークホルダーと協力して、リーシュマニア症の対策を進めていく予定です。また、リーシュマニア症の報告が限定的なザンビアの近隣諸国においても、同様にリーシュマニア原虫の感染が広くおこっている可能性があります。例えば、リビングストンは国境に接する都市ですが、隣国ジンバブエにおいてもリーシュマニア症の報告はありません。ザンビアにおいて得られた知見を近隣諸国と共有しながら、近隣諸国での実態把握に繋げていくことも重要であると考えられます。

    発表者・研究者等情報

    林田 京子(北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所 准教授)
    杉 達紀 (北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所 助教)
    山岸 潤也(北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所 教授)
    三條場 千寿(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)
    後藤 康之(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 教授)
    ほか研究チーム構成員

    論文情報

    雑誌名: Parasitology International
    題 名:A high prevalence of dogs seropositive to Leishmania in Zambia
    著者名:Chambaro HM, Hayashida K, Moonga LC, Shawa M, Muleya W, Chizimu J, Squarre D, Sugi T, Yamagishi J, Ogata S, Kajihara M, Sawa H, Sanjoba C, Mwase ET, Chilengi R, Munsaka GH, Sarenje KL, Mulunda NR, Mutengo MM, Namangala B, Goto Y*
    DOI: 10.1016/j.parint.2025.103081
    URL: https://doi.org/10.1016/j.parint.2025.103081

    研究助成

    本研究は、日本医療研究開発機構(課題番号:22wm0225024h0001, JP243fa627005h0003, 24wm0125008h0005)、日本学術振興会科研費(課題番号:21H02722, 24K02271)、北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所一般共同研究による支援を受けて実施されました。

    用語解説

    (注1)リーシュマニア症
    リーシュマニア原虫の感染によって引き起こされる寄生虫性疾患です。皮膚型、皮膚粘膜型、内臓型に大別され、最も重篤なタイプである内臓型リーシュマニア症はインド、ブラジル、エチオピアなどの熱帯地域で年間5~9万人の発症者をもたらしています(世界保健機構、2022年)。典型的な症状として発熱、肝脾腫、体重減少、貧血などが挙げられ、治療しないと90%以上が死に至るとされています。

    (注2)血清学的診断
    内臓型リーシュマニア症を引き起こすリーシュマニア原虫は、脾臓・肝臓・骨髄といった組織に寄生するため、病原体の直接検出に必要な生体試料の採取が困難です。そのため、病原体を直接検出する代わりに、病原体の感染を示唆する生体指標として、血液中に存在する、病原体に対する抗体を用いることがあります。これを血清学的診断と言います。
    現在、内臓型リーシュマニア症の診断は寄生虫の直接検出よりもこの血清学的診断が一般的になっており、その理由として上述のとおり採材による患者への負担(侵襲性)軽減のほか、技術を必要とせず迅速に結果が得られるといった利点が挙げられます。

    問合せ先

    (研究内容については発表者にお問合せください)

    東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 応用免疫学研究室
    教授 後藤 康之(ごとう やすゆき)
    E-mail:aygoto@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

    北海道大学 人獣共感染症国際共同研究所 国際協力・教育部門
    准教授 林田 京子(はやしだ きょうこ)
    E-mail:kyouko-h@czc.hokudai.ac.jp

    関連教員

    三條場 千寿
    後藤 康之

植物の開花の始まりを抑える未知の遺伝子制御の仕組みを解明 ―植物特異的Dof転写因子はDNA上の近接した結合配列のタンデムリピートに 効率的に集積する―

概要

 被子植物の実験モデルであるシロイヌナズナにおいては、遺伝子の5%を超える1,500以上の遺伝子が転写因子をコードし、そのうちの45%は植物特異的なファミリーに属していると推計されています。DNA-binding with one-finger(Dof)転写因子は、Dofドメインと名付けられた独特なzinc finger(ZF)型DNA結合ドメインを分子内に1つだけもつ植物特異的な転写因子ファミリーであり、植物の多岐にわたる生理過程の遺伝子発現調節において重要な役割を担っています。しかし、Dofドメインの結合配列はAAAG(またはその逆相補配列CTTT)であり、限られた標的遺伝子のプロモーターをこの4塩基の配列認識でどのようにして特異的に制御できるのか、その分子機構は十分に理解されていませんでした。
 京都大学大学院生命科学研究科 宮川拓也 准教授、中野雄司 教授、朱張亮 特定研究員、西田快世 博士課程学生らと、東京大学大学院農学生命科学研究科 柳澤修一 教授、櫻庭康仁 准教授、田之倉優 名誉教授、降旗大岳 博士課程学生(研究当時、現:愛媛大学PROS 学振特別研究員)、大阪大学大学院基礎工学研究科 山下隼人 助教、辻明宏 博士課程学生、阿部真之 教授らの共同研究グループは、Dofドメインの詳細なDNA結合様式を解明しました。さらに、植物が日長を感知して栄養成長から生殖成長へと転換する分子機構で重要な役割を担うDof転写因子のCDF1が、標的遺伝子のプロモーター上で複数の結合配列が近接し縦列に反復した領域(タンデムリピート)に対して効率よく集積することで、標的遺伝子の転写を抑制する分子機構を明らかにしました。Dofドメインの機能を支える構造的特徴は、Dof転写因子ファミリーにおいて高度に保存されており、植物の花成における日長依存性だけでなく、窒素などの土壌からの栄養素吸収や植物ホルモンによる成長調節など、Dof転写因子が関与する多様な転写制御の理解に貢献すると期待されます。
 本研究成果は、2025年4月22日に英国の国際学術誌「Nature Plants」にオンライン掲載されました。





Dof転写因子CDF1による標的遺伝子の効率的な転写抑制機構

植物の葉において、CDF1は標的遺伝子COのプロモーターに存在する4つの近接した(数塩基のリンカーを挟んで並んだ)結合配列のタンデムリピートに効率よく集積する。これにより、タンデムリピートの局所にCDF1の非典型的なTPL結合モチーフが複数配置することで、転写抑制因子であるTPLの四量体(結合部位が4カ所存在)がリクルートされ易くなる。

 

 

1.背景

 転写因子は主にDNA結合ドメインの種類によって特徴づけられ、標的遺伝子のプロモーターに特異的に結合することで、植物のライフサイクルに関連する複雑な生理過程の遺伝子発現調節を担います。被子植物の実験モデルであるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)においては、転写因子をコードする遺伝子が1,500以上存在し、これはゲノム全体の5%以上を占めます。また、そのうちの45%は植物特異的なファミリーに属していると推計されています。DNA-binding with one-finger(Dof)転写因子は、植物特異的な転写因子ファミリーであり、Dofドメインと名付けられた独特なzinc finger(ZF)型DNA結合ドメイン※1を分子内に1つだけ有することを特徴としています。Dof転写因子は、光周期による開花調節、種子発芽、維管束形成、気孔の孔辺細胞の機能化、葉の表裏の極性形成、胚軸の細胞伸長、幹細胞維持、炭水化物代謝、窒素同化などといった多岐にわたる生物学的プロセスに関与することが明らかになっています。このように植物におけるDof転写因子の機能的な重要性については知見が蓄積されてきていますが、Dof転写因子がDofドメインのわずか4塩基の結合配列(AAAGまたはその逆相補配列CTTT)の認識により、限られた標的遺伝子のプロモーターをどのようにして特異的に制御できるのか、その分子機構は十分に理解されていませんでした。

 

2.研究手法・成果

 本研究では、Dof転写因子の中で最も研究が進んでいるCYCLING DOF FACTOR 1(CDF1)に着目しました。CDF1は植物が日長を感知して栄養成長から生殖成長へと転換する分子機構で重要な役割を担い、シロイヌナズナの葉において、CONSTANS(CO)の転写を短日条件下で抑制します。COは花成ホルモンとして知られるフロリゲンをコードする遺伝子FLOWERING LOCUS T(FT)の発現を誘導する転写因子であるため、CDF1は短日条件下で花成の抑制に機能します。

 CDF1とその結合配列を含むDNA断片の複合体構造をX線結晶構造解析※2により決定したところ、CDF1は保存された2つのCxxCモチーフに由来する4つのCys残基の側鎖で亜鉛イオン(Zn2+)を配位し、既知のZF型DNA結合ドメインには見られない特有のフォールドを形成していました。3つのβストランドからなる逆平行βシートがDNAの主溝を広げるようにはまり込み、3つのアミノ酸残基(Y68, N70, N71)の側鎖がAAAGの4塩基と水素結合を形成することで、結合配列に対する特異性が生み出されていました(図1)。

図1. CDF1のDofドメインの3残基(Y68, N70, N71)による4塩基(AAAG)の認識

さらに興味深いことに、Dofドメインに特徴的なC末端ループがDNAの副溝とも相互作用することにより、Dofドメインは主溝と副溝を隔てるDNA鎖を挟み込むように結合し、DNAの主溝を広げる方向をC末端ループとは反対側に制御していることが明らかになりました(図2)。この独特な結合様式では、主溝の拡張による副溝の歪みが分散しC末端ループ同士の接触が生じない「タンデムリピート」の場合において、近接した複数の結合配列に対してDofドメインが同時に結合することができます。

図2. Dofドメインの結合に伴う方向性をもった主溝の拡

 CDF1の標的であるCOのプロモーターには、3塩基以下の短いリンカー配列を挟んで複数の結合配列が近接したタンデムリピートが存在します。COプロモーターには離散的に配置された結合配列も複数見られますが、CDF1はタンデムリピートに対して効率よく作用し下流の遺伝子の転写を調節することが、シロイヌナズナの葉肉プロトプラストを用いたレポーターアッセイによって示されました(図3A)。この作用はシロイヌナズナの形質転換体でも検証され、実際にタンデムリピートを含むプロモーター活性はCOの転写と同様に顕著に抑制されました(図3B)。さらに、等温滴定型カロリメトリー(ITC)※3と高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)※4を用いた測定の結果、CDF1のDofドメインはタンデムリピート内の結合配列の数に依存して結合親和性が高まることが明らかになりました(図4)。この親和性の増強効果は、結合配列が数塩基のリンカーで縦列に並んだ場合にのみ観察され、Dofドメインの結合に伴うDNA主溝の方向性をもった拡張により、隣接する結合配列の副溝が他のDofドメインのC末端ループとの相互作用に適した構造へと変化することに起因すると考えられます。CDF1は転写抑制因子のTOPLESS(TPL)をプロモーター上にリクルートするためのTPL結合モチーフをもちます。このモチーフは非典型的な配列ですが、TPLへの結合性が低い配列であっても、それらを4つ連結した場合には四量体のTPLに多価で結合できるために親和性が著しく高まることが報告されています。そのため、COプロモーターにおけるタンデムリピートの局所にDNAを足場としてCDF1の非典型的なTPL結合モチーフが複数配置されることは、TPLのリクルートを介したCOの転写抑制にとって効果的であると言えるでしょう。

図3. タンデムリピート中の近接した結合配列に対する効率的なCDF1の作用

A) 葉肉細胞由来プロトプラストを用いたレポーターアッセイ: CDF1の結合配列を改変した各種COプロモーターに対する活性はLUC活性として検出され、転写活性化配列VP64とそれを融合したCDF1(CDF1-VP64)で比較されている。グラフは平均値±標準偏差(n = 5)で示され、有意差を評価するためのp値(有意水準p < 0.05)が記されている。

B) CDF1による転写抑制活性の植物体での評価:4ライン(L1~L4)のシロイヌナズナ形質転換体において、Aと同じ各種COプロモーターに対する転写抑制活性がLUC活性の検出による相対的な発現レベルとして比較されている。グラフは平均値±標準偏差(n = 5)で示され、異なるアルファベットが付されたデータ間には有意水準p < 0.05で有意差が認められる

図4. HS-AFMにより観察されたタンデムリピートに対するDofドメインの集積

長時間の測定における代表的なスナップショットが表示されている。下向きの矢じり(ピンク及び青)は4つの結合配列が縦列に配置された200 bpのDNAの中央に結合したDofドメインを示している。

 

3.波及効果、今後の予定

 本研究では、CDF1がそのDofドメインによるAAAGの4塩基の認識を介して、日長に依存した花成誘導の鍵となるCOの転写を抑制するために、そのプロモーターを効率的に制御する仕組みの一端を解明することに成功しました。この仕組みを支えるDofドメインの構造的特徴は、Dof転写因子ファミリーにおいて高度に保存されており、窒素などの土壌からの栄養素吸収や植物ホルモンによる成長調節など、他のDof転写因子が関与する多様な転写制御の理解に貢献すると期待されます。一方、Dofタンパク質が作用し下流の標的遺伝子の転写を制御するプロモーターの中には近接した結合配列のタンデムリピートを含まないものがあります。そのため、本研究で見出されたCDF1のプロモーター標的機能に依存したCOの転写抑制とは異なる作用様式の可能性が示唆され、Dofタンパク質による遺伝子発現調節の全体像のさらなる解明が待たれます。

 

4.研究プロジェクトについて

 本研究は、以下の研究費の支援を受けて実施されました。
日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP19H04855, JP22H04977, JP22K18945, JP23H01818, JP23H03073, JP23K27467, JP24KJ1579)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP24ama121010, JP24ama121001)、筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター 形質転換植物デザイン研究拠点事業(#2102)

<用語解説>
※1 Zinc finger(ZF)型DNA結合ドメイン: Cys残基とHis残基が組み合わされた4残基が亜鉛イオンに配位した構造をとり、DNAに結合する性質をもったタンパク質ドメインのこと。最も典型的なZF型DNA結合ドメインはC2H2クラスで、2つのβストランドからなる逆平行βシートと1つのαヘリックスのββαフォールドをとる。
※2 X線結晶構造解析: タンパク質やDNAなどの生体高分子や低分子化合物の立体構造を原子分解能で決定する方法の一つ。目的の分子または分子複合体の単結晶に様々な角度からX線を照射して得られるX線回折像を解析し、結晶中のX線散乱源である電子密度の空間分布から分子モデルを構築する。
※3 等温滴定型カロリメトリー(isothermal titration calorimetry, ITC):注目している分子の試料溶液に相手分子を一定温度下で少量ずつ滴定し、分子同士の結合に伴って生じる熱量変化を記録することにより、溶液中の分子間相互作用を定量的に測定する方法。解離定数(KD)と結合比(N)に加え、エンタルピー変化(ΔH)やエントロピー変化(ΔS)などの熱力学的パラメーターを得ることができ、タンパク質などの生体分子とリガンドの相互作用の解析に利用されている。
※4 高速原子間力顕微鏡(high-speed atomic force microscopy, HS-AFM): 鋭い針(探針)を試料表面に近づけ原子間力を検出し、その力を一定に保ちながら試料表面上を高速に走査することで物質のミクロな構造とその動きを可視化する顕微鏡。名称は高速AFMと略して呼ばれる。水溶液中のタンパク質の構造変化や分子間相互作用をナノ(10億分の1)メートルの解像度でリアルタイムに観察することができる。

 

<論文タイトルと著者>
◆タイトル
 Structural insights into CDF1 accumulation on the CONSTANS promoter via a plant-specific DNA-binding domain(植物特異的DNA結合ドメインを介したCONSTANSプロモーター上でのCDF1集積の構造的知見)
◆著者
Hirotake Furihata, Zhangliang Zhu, Kaisei Nishida, Yasuhito Sakuraba, Akihiro Tsuji, Hayato Yamashita, Shohei Nosaki, Ryo Tachibana, Ayumi Yamagami, Yoshiki Ikeda, Masayuki Abe, Tatsuya Sawasaki, Takeshi Nakano, Shuichi Yanagisawa, Masaru Tanokura, Takuya Miyakawa
◆掲載誌
Nature Plants
◆DOI
10.1038/s41477-025-01946-6

<報道・取材に関するお問い合わせ先>
京都大学 広報室国際広報班
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms[at]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 事務部 総務課 広報情報担当
TEL: 03-5841-8179, 5484 FAX:03-5841-5028
E-mail:koho.a[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

大阪大学基礎工学研究科庶務係
TEL:06-6850-6131 FAX:06-6850-6477
E-mail:ki-syomu[at]office.osaka-u.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

関連教員

柳澤 修一
櫻庭 康仁

巧みな官能基変換を用いた天然有機化合物の生合成戦略の解明

1.発表のポイント

  • 放線菌が生産する抗腫瘍物質、フラキノシンが、これまで考えられていたキノン型中間体ではなく還元されたヒドロキノン型中間体を経由して生合成されることを明らかにしました。
  • 一見必要ないアミノ基を生合成中間体に一時的に導入した後、ジアゾ化(注1)によって、ヒドロキノン型中間体を安定化させるメロテルペノイド(注2)共通の生合成経路を明らかにしました。
  • S-アデノシルメチオニン(SAM、注3)依存的にメチル基転移を触媒する酵素にアミノ酸配列が似ている酵素、Fur21が、SAM非依存的に環化反応を触媒する酵素であることを明らかにしました。

2.発表概要

 微生物の一種である放線菌の中には、抗腫瘍、抗菌、抗酸化活性などを示すメロテルペノイドと呼ばれる天然化合物を生産するものがいます。対称性の高いテトラヒドロキシナフタレン(THN)から生合成されるメロテルペノイドの多様な生物活性の基となる構造の多様性は、よく似たナフトキノン骨格とテルペノイド骨格が融合したのち、テルペノイド部分が異なる機構によって環化することで生み出されます。

 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の共同研究グループは、THN由来のメロテルペノイドの一種であるフラキノシンやナフテルピンの特徴的な構造がどのように生合成されるのかを研究しています。フラキノシンをはじめとしたメロテルペノイドにはアミノ基が存在しませんが、アミノ基を有する8-アミノフラビオリンが共通の生合成の中間体であることをこれまでに明らかにしてきました。しかし、なぜ最終的なメロテルペノイドに存在しないアミノ基をわざわざ導入することで8-アミノフラビオリンを生合成するのか、そしてフラキノシンに特異的な環化反応はどのようにして起こるのかについては未解明でした。今回、同グループではフラキノシンの生合成経路の全容を解明し、8-アミノフラビオリンのアミノ基の重要性を示しました。一見必要なさそうなアミノ基は、メロテルペノイド共通のジアゾ化を経由したヒドロキノン型生合成中間体PHNの生合成に重要な役割を果たすこと、PHNはTHNと比べて対称性が崩れていることで以降の修飾酵素の反応位置を決定づけることができること、最終的にS-アデノシルメチオニン(SAM)を用いるメチル基転移酵素とよく似た酵素Fur21がメチル化ではなく珍しい環化反応を触媒することで、フラキノシンが従来の定説とは異なるヒドロキノン型として生合成されることを明らかにしました。アミノ基を出発点とした巧みな官能基変換の解明は、メロテルペノイドをはじめとした天然化合物の構造多様化戦略の理解に繋がります。

3.発表内容

 放線菌が生産するTHN由来のメロテルペノイドとして、Streptomyces sp. KO-3988の生産するフラキノシン(1)をはじめとして、Streptomyces sp. CL190の生産するナフテルピン (2)に加えて、フラノナフトキノン(3)やナピラジオマイシン(4)などが知られています。メロテルペノイドは、よく似た構造のナフトキノン骨格(青色)とテルペノイド骨格(赤色)が融合し、さらにテルペノイド部分が環化することで構造多様性が生み出されているという特徴があります(図 1)。この構造多様性のため、抗腫瘍、抗菌、抗酸化活性などの多様な生物活性を示します。これらメロテルペノイドに共通の生合成中間体として8-アミノフラビオリン(5)が同定され、グルタミン酸由来のアミノ基が導入されることが明らかにされていました。しかし、ナフテルピン等いずれのメロテルペノイドにも8位のアミノ基が存在せず、アミノ基は水素原子に置換されます。この普遍的なアミノ基除去反応はこれまでに知られている機構とは大きく異なるため、反応機構や生理的意義を含め興味深い研究対象でありました(図1)。一方でTHN由来のメロテルペノイドの構造多様性に重要な環化反応についても知見が不足しており、特にフラキノシンに関しては、環化を担う酵素も明らかになっていませんでした。そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻の共同研究グループは、フラキノシンを生産する放線菌、Streptomyces albus G-153/pWFQ株を用いて、この共通のアミノ基除去機構と経路特異的な環化機構の解明に取り組みました。

図1.放線菌の生産するメロテルペノイドの構造とその生合成経路(参考文献1–6).

Nph, ナフテルピン生合成酵素; Fur, フラキノシン生合成酵素; Fnq, フラノナフトキノン生合成酵素; NapB, ナピラジオマイシン生合成酵素

 

 これまでフラキノンシンの生合成においてはMMF(6)が生合成中間体であり、プレニル化酵素Fur7の基質になる、と提唱されていました。6にはすでにアミノ基が存在しないため、5から6への変換の過程でアミノ基の除去が起こると推察されました。そこで、フラキノシン生産株での遺伝子破壊実験と、大腸菌や放線菌で発現させた組換え酵素を用いた試験管内反応によってフラキノンシン生合成の全容を明らかにすることにしました。

 今回、これまで提唱されていたような酸化型のキノン型ではなく、図2のような還元型のヒドロキノン型でのフラキノシンの全生合成経路を解明しました。

図2.今回提唱したFuraquinocinの還元型での生合成機構.

8-AF, 8-アミノフラビオリン; PND, 2,4,5,7,8-ペンタヒドロキシナフタレン-1-ジアゾニウム; PHN, 1,2,4,5,7-ペンタヒドロキシナフタレン;
3-MF, 3-メチルフラビオリン; MMF, 2-メトキシ-3-メチルフラビオリン

 

 5以降のステップでは、まずジアゾ化酵素 Fur5 による5の8位のアミノ基のジアゾ化が起こりキノン型の8-ジアゾフラビオリン(7)になります。ジアゾ基は、ナフトキノン環の酸化還元電位(注4)を上昇させることでヒドロキノン型の中間体を安定化させるため、7がヒドロキノン型のPND(8)へと変化し、続く窒素ガスの放出によってPHN(9)が生合成されます。このヒドロキノン中間体9はTHNに一つだけヒドロキシ基が増えた構造をしており、分子の対称性が崩れることで、続く二箇所のメチル化の位置が決定づけられることを実験とシミュレーションの両面から明らかにしました。さらにプレニル化酵素Fur7も、従来提唱されていたキノン型の6ではなく、ヒドロキノン型の2-Methoxy-3-methyl PHN(10)を基質に対して反応が促進されたことから、ヒドロキノン型の中間体が生合成後半にも重要であることを示しました。生合成の最終段階で、SAM依存性のメチル基転移酵素に似たFur21がSAM 非依存的に環化反応を触媒することで、フラキノシンがヒドロキノン型として生合成されることを明らかにしました。なおナフテルピンの生合成においても5のジアゾ化は確認され、ヒドロキノン中間体がメロテルペノイドの生合成にとって普遍的に重要であり、何らかの生理的意義を持つ可能性が示唆されました。

 本研究では、フラキノシンの生合成機構を詳細に解析することで、最終産物に存在しないアミノ基とヒドロキノン型中間体の重要性を明らかにし、従来のキノン型の推定生合成経路をヒドロキノン型での生合成経路へと塗り替えました。今後は、ヒドロキノン型で生合成されたメロテルペノイドの生理的な意義を解明していくことで、自然界における二次代謝産物の機能理解に繋げたいと考えています。

 

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「生合成リデザイン」(16H06453)、学術変革領域研究 (A)(研究領域提案型)「予知生合成科学」(22H05120、22H05126)、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(JP21am0101070、JP23ama121027)の支援を受けて行われました。野口智弘は、特別研究員(DC1)として日本学術振興会の支援(19J22569)を受けました。

4.発表者

野口 智弘(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 博士課程:当時)
趙 凡(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 博士課程:当時)
森脇 由隆(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 助教:当時)
山本 秀明(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 修士課程:当時)
工藤 慧(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 博士課程:当時)
永田 隆平(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 特別研究員/日本学術振興会特別研究員PD:当時)
富田 武郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 助教:当時)
寺田 透(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)
清水 謙多郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授:当時)
西山 真(東京大学アグロバイオテクノロジー研究センター 教授)
葛山 智久(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)

5.発表雑誌

雑誌名:Chemical Science
論文タイトル:Biosynthesis of the tetrahydroxynaphthalene-derived meroterpenoid furaquinocin via reductive deamination and intramolecular hydroalkoxylation of an alkene
著者:Tomohiro Noguchi (野口 智弘)1、Fan Zhao (趙 凡), 1 Yoshitaka Moriwaki (森脇 由隆), 1,2 Hideaki Yamamoto (山本 秀明), 1 Kei Kudo (工藤 慧), 1 Ryuhei Nagata (永田 隆平), 1 Takeo Tomita (富田 武郎), 1,2 Tohru Terada (寺田 透), 1,2 Kentaro Shimizu (清水 謙多郎), 1,2 Makoto Nishiyama (西山 真), 1,2 and Tomohisa Kuzuyama (葛山 智久)1,2,*
1Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo
2Agro-Biotechnology Research Center, The University of Tokyo
DOI番号:10.1039/D4SC08319A
アブストラクトURL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/sc/d4sc08319a

6.問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 分子育種学研究室
教授 葛山 智久(くずやま ともひさ)
Tel/Fax:03-5841-3080
E-mail:utkuz@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL:https://webpark2107.sakura.ne.jp/index.html
研究室Twitter:@Kuzuyama_Lab

7.用語解説

(注1)ジアゾ化
一級アミン (R-NH2) に亜硝酸 (HNO2) などを作用させ、対応するジアゾニウム化合物 (R-N+≡N) を得る反応
(注2)メロテルペノイド
メロテルペノイドはテルペノイド由来の骨格と他の骨格が結合した天然化合物の総称で、多彩な骨格と強い生物活性を示し、放線菌、糸状菌、植物などが主に生産します。医薬品のリード化合物としても注目されています。
(注3)S-アデノシルメチオニン(SAM)
S‑アデノシルメチオニン(SAM)は、メチオニンとATPからメチオニンアデノシルトランスフェラーゼ(MAT)が生成する高エネルギースルホニウム化合物で、多くの SAM 依存性メチル基転移酵素の反応においてメチル基供与体として機能します。
(注4)酸化還元電位
酸化還元電位(ORP)は、溶液中の酸化体と還元体が可逆平衡にあるときの白金電極と標準水素電極の電位差で測定され、ネルンスト式でpHや温度を換算し、値が高いほど酸化力が、低いほど還元力が強い指標となります。キノンの例では値が高いほど還元体のヒドロキノンが安定、低いほど酸化体のキノンが安定となります。

(参考文献1) Shin-ya, K., et al. Isolation and structural elucidation of an antioxidative agent, naphterpin. J. Antibiot. 1990, 43, 444-447.
(参考文献2) Komiyama, K., et al. Novel antibiotics, furaquinocins A and B. Taxonomy, fermentation, isolation and physico-chemical and biological characteristics. J. Antibiot. 1990, 43, 247-252.
(参考文献3) Ishibashi, M., et al. Novel antibiotics, furaquinocins C, D, E, F, G and H. J. Antibiot. 1991, 44, 390-395.
(参考文献4)S. Isogai, M. Nishiyama and T. Kuzuyama, Bioorg. Med. Chem. Lett., 2012, 22, 5823–5826.
(参考文献5)T. Noguchi, S. Isogai, T. Terada, M. Nishiyama and T. Kuzuyama, J. Am. Chem. Soc., 2022, 144, 5435–5440.
(参考文献6)T. Kumano, T. Tomita, M. Nishiyama and T. Kuzuyama, J. Biol. Chem., 2010, 285, 39663–39671.

関連教員

寺田 徹
西山 真
葛山 智久

細胞壁セルロースのミクロフィブリル(ナノファイバー)は、植物種に依らず、形状が均一であった

発表のポイント

    セルロースナノファイバー(CNF)の断面寸法は、産業上の主原料である針葉樹に限らず、草本類の麻や、木本と草本の中間的な分類とされる綿であっても、ほぼ同一の2~3 nmであり、CNF1本(植物学上のミクロフィブリル、またはセルロースの結晶子)は、セルロース分子鎖18本で構成されるモデルが合致することを明らかにしました。これまでのセルロース結晶学では、樹木と麻・綿のCNFは、断面寸法が明瞭に異なり、別種の生合成機構が想定されてきました。この従来の理解は、これまでCNFを単離(孤立分散)させる技術がなく、複数の結晶子が合一したCNF凝集体を評価していたことに由来します。本成果により、高等植物であれば、木本と草本に差はなく、同様の機構で生合成していることが新たに想定されます。また、産業上も、樹木だけでなく、麻やエリアンサス、農業廃棄物等からも、均質なCNFを生産できることを本成果は示しています。

 

発表概要

植物の主成分であるセルロースは、細胞壁中で「ミクロフィブリル」と呼ばれる結晶性の微繊維を形成しています。細胞壁をミクロフィブリル単位にまで解砕したものがセルロースナノファイバー(CNF)であり、高強度・低熱膨張率・高比誘電率などの特性を兼ね備えたサステイナブルな素材として注目されています。
 ミクロフィブリルの構造は、セルロース合成酵素複合体(CSC)の構造と関係があるとされています。高等植物のCSCは、6つの顆粒状複合体が会合したRosetta型です。近年、1つの顆粒状複合体がセルロース合成酵素の三量体であり、3×6 =18のセルロース合成酵素がRosetta型CSCを構成しているモデルが提案されています。このCSCモデルに基づけば、ミクロフィブリル1本はセルロース分子鎖18本で構成されており、ミクロフィブリルの断面寸法は2~3 nmとなることが想定されます。これまでの研究で、樹木細胞壁のミクロフィブリルは、この18本鎖モデルを支持する一方で、綿や苧麻のミクロフィブリルは、断面寸法が5~8 nmであると報告されており、18本鎖モデルを支持していませんでした。
 本研究では、針葉樹(Picea jezoensis)・綿(Gossypium hirsutum)・苧麻(Boehmeria nivea var. nipononivea)から単離した3種のミクロフィブリルの断面サイズと結晶性を、原子間力顕微鏡(AFM)、広角X線回折(WAXD)、小角X線散乱(SAXS)、固体13C核磁気共鳴(NMR)法、および全原子分子動力学(MD)シミュレーションを組み合わせて詳細に解析しました(図1)。その結果、ミクロフィブリルの断面寸法は、植物種に寄らず、約2〜3 nmであり、結晶化度も種に寄らず、約20%であることが明らかになりました。これらの値は、ミクロフィブリルが18本のセルロース分子鎖で構成されるという仮説とも整合しています。

図1. 本研究で解析した植物(中央:細胞壁の光学顕微鏡像、右:単離したミクロフィブリルのAFM像と繊維径)


 また、細胞壁セルロースを乾燥させると、結晶性が高まることが分かりました。一度乾燥させた細胞壁セルロースを解砕すると、2〜3本のミクロフィブリルが合一した束状の構造体(不均一な形状のCNF)が頻繁に観察されました(図2)。このミクロフィブリルの合一現象(図3)が、従来提案されていたミクロフィブリルの構造多様性の要因であることが示唆されました。

図2. 乾燥後の綿から単離したミクロフィブリルのAFM像と繊維径

図3. 細胞壁内で起こるミクロフィブリルの合一現象


 以上、本成果により、高等植物であれば、木本と草本に差はなく、同様の機構で生合成していることが新たに想定されます。また、産業上も、樹木だけでなく、麻やエリアンサス、農業廃棄物等からも、均質なCNFを生産できることを本成果は示しています。
 本研究は、JST-CREST (JPMJCR22L3)、JST-ASPIRE (JPMJAP2310)、科研費(21H04733; 22KJ1473; 23H02270)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)の助成を受けた研究です。

 

発表雑誌

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル:Uniform elementary fibrils in diverse plant cell walls
著者:Kazuho Daicho*, Shuji Fujisawa, Yoshinori Doi, Michio Suzuki, Junichiro Shiomi, and Tsuguyuki Saito* (責任著者*)
DOI:https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2426467122

 

お問い合わせ先:

東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構
助教 大長 一帆
E-mail:daichok@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL: https://www.phonon.t.u-tokyo.ac.jp/

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
教授 齋藤継之
E-mail:saitot@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL: http://psl.fp.a.u-tokyo.ac.jp/

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